東京大学伊藤記念国際学術研究センターで行われた河川基金研究成果発表会に行ってきましたのでレポートします。
この発表会は、公益財団法人河川財団が助成している研究者が一堂に会し、その研究成果を発表するものです。河川財団では、「使い勝手のいい助成金」たらんがため、なるべく煩雑な手続きを廃することを進めてきました。その一環として、ともすれば形を整えることばかりに時間がかかりがちな成果報告の審査を省き、代わりに助成を利用した団体・個人全員に集まってもらい、その成果を発表してもらうという形を取りました。もちろん、様々な分野の研究者同士の情報交換もその狙いとするところです。
まずはじめに、河川財団賞受賞者の 東北大学大学院 田中仁先生による受賞記念講演のあと、セッションAからCまでの3回に分かれて、口頭発表とポスター発表を繰り返します。90弱の団体・個人が発表するので、 口頭発表の持ち時間がそれぞれ2分。それでも口頭発表が各セッション約1時間、ポスター発表が40分。口頭発表で興味を持った発表のポスター前に行き詳細に説明してもらいますが、9時半に始まり17時40分終了まで、川づくしの一日です。
土木から生物、生態系、教育まで多岐にわたる発表がありましたが、その中からいくつかを掻い摘んでご紹介します。
※毎度のことながら、報告の内容については発表を聞いた神田がまとめたものですので、その点はお含み置きの上お読み下さい。
河川規模の相違がニホンウナギの回遊行動に与える影響
東京大学大学院新領域創成科学研究科 木村伸吾氏
超音波バイオテレメトリー手法によりウナギの経時的移動を追跡し、それが河川の規模により違うのかを調べた研究。結論は河川規模にかかわらずウナギの移動範囲は1キロ程度であることが分かったとのこと。
四万十川でも、「ウナギは一旦川にはいるとあまり動かない」という言葉を聞きますが、それが裏づけられた研究でした。
先駆的植物ツルヨシの攪乱影響に基づく動態解析と河川植生管理手法の検討
国立研究開発法人 土木研究所 溝口 裕太氏
あのしつこいツルヨシの研究です。どうしたら駆除できるのか直接伺ってみたら、「現段階では断言できないが、感触として10㎝以上の深さで土がかぶると枯死する可能性が高い」とのことでした。
コイ目線の琵琶湖ドキュメンタリー:動物搭載型ビデオを用いた琵琶湖流入河川の河口域における在来魚類の生態観察
国立研究開発法人 国立環境研究所 吉田誠氏
知っているようで意外に分かっていない鯉の生態。面白かったです。下記ページから実際の映像も見られます。ぜひご覧下さい。
人為的な河床操作手法に対する石礫の露出高を用いたアユの生息場所評価の適用
国立研究開発法人 土木研究所 小野田幸生氏
小野田さんの発表は毎回安定の面白さ。鮎の採餌場所の石礫の露出高の選好性研究の続きで、それに苔植物の被度というファクアターを加えてみて鮎の選択指数を整理した研究でした。結論は上のスライドの通りですが、これにより総合的土砂供給を評価するポイントが増えたということだと思います。
千曲-信濃川水系で新規発見されたカワヨシノボリ集団の遺伝構造:その起源の究明と保全
基礎生物学研究所 竹中將起氏
人為移入された生物集団には遺伝的多型が検出されず、遺伝的多様性が低いことが知られていますが、それを利用して従来の分布域外で発見された千曲川ー信濃川水系のカワヨシノボリが人為移入なのか否かを検討した研究でした。結果は、このカワヨシノボリ群が隣接する天竜川水系集団と同一系統群である一方、千曲川ー信濃川水系独自の単系統群があることも分かったそうです。遺伝的分化の程度や多様性は天竜川水系と同程度で、人為移入であることが分かっている多摩川水系に遺伝的多型が一切見られないことと対照的だったといいます。つまりこのカワヨシノボリ群は自然分布であり、分水嶺を隔てた流域と同一系統群であることから地殻変動による河川争奪の可能性も考えられるとのことでした。
都市化以前の河川環境を再現する―水・生物・人のつながりに注目した川づくりへの応用を目指してー
名古屋大学 中村晋一郎氏
地形図および河道図面から横断図をベースに、過去の地形図から土地利用を再現、流出解析を用いて高水位を推測しています。面白かったのはこれに史料調査と古老への聞き書きによる生態環境情報および人間活動を加えて、平水位を生物種の生息ポテンシャルから逆推計したというところです。
近世最大規模の砂防施設”別所砂留”の築造と災害履歴の解明
岡山大学 樋口輝久氏
砂留という施設について、全く知りませんでした。戦国時代から近世にかけては日本の土木事業の大転換期で、特に治水に力を入れたということまでは知っていましたが、土砂災害を防ぐこんな構造物まで作っていたんですね。昔の人はすごいなぁと改めて感心しました。
筑後川旧蛇行部と流入支川の役割に関する水工学的検討
佐賀大学 大串浩一郎氏
洪水時の疎通能力を高めるため、藩政時代に筑後川には捷水路が作られたが、旧蛇行部が残されたままになっている。その目的や効果について治水利水の視点から検討した研究でした。結論としては、遊水地としての効果が認められたほか、有明海の潮位変化の影響を受ける場所においては舟運の際の航路確保やアオ取水(海水を含まない農業用水を取水することをこう呼んでいるそうです)の面で効果があると認められたそうです。PCによる解析も出来ない時代によくこんなことが出来たと思います。
物部川における鮎の産卵場に適した人工流路の造成技術に関する実践的研究
高知高専 岡田将治氏
高知高専岡田先生による物部川のアユ産卵床造成技術確立のための研究。計測された河道地形に基づいた流況解析と産卵状況をつきあわせることで今後の産卵場造成のためのピースがいくつか手に入ったということだと思います。
本当はまだまだあるのですが、なにしろ90もの発表があったのでとてもご紹介しきれません。興味のある方は財団事務所に当日の資料がありますのでお貸しできますよ。