皆さんこんにちは。いつも清流通信をご愛読いただきありがとうございます。昨年6月~7月、清流通信284章~285章に渡って「広見川と四万十川を考える。」と題し、広見川の濁水についてお伝えしてきました。その最後に、石膏資材を使用した濁水対策の新たな取り組みについて紹介しました。その取り組みの現在と今年の濁水の状況について皆様とみていきたいと思います。
広見川の濁水をなくすために。新たな取り組みの成果とは!?
・背景・方法
石膏資材投入に至るまでの流れをおさらいしよう(詳しくは清流通信284,285章参照)。
4月~5月になると広見川から四万十川に濁水が流れ込む。原因をたどると、広見川上流部にある田んぼの代掻き水が漏れ出ていることが分かった。その理由は、①田植え準備の強制落水、②畦畔からの漏水、③水の入れすぎによるオーバーフロー、④排水口からの漏れだった。この問題解決のために、漏水を防ぐ止水板の配布や浅水代掻きの普及を積極的に行ってきた。
今回は、新たな着目点から問題解決に挑む。
広見川の上流部、特に三間地域は山が低く川の流量が少ない割に平地が広いため、水田面積に対する農業用の水が極端に少ない。大量に水を使用する代掻きの場合は、少ない水を地域全体で使えるように、地域内で代掻き期間を決めている。さらに、三間地域の土壌の粒子は極端に細かく沈殿しにくいという特徴がある。集中的に水を使用せざるを得ない状況で、代掻き後の水は数日たっても清澄しない。地域全体に水を回すため、その水を使ってまた代掻きが行われる。
今までは濁水を流出させないという視点で解決策を考えてきたが、「濁りを取り除く」という視点で、問題解決に向けた取り組みが始まっている。
この取り組みは、広見川等農業排水対策協議会によって去年初めて行われた。石膏資材には凝集沈殿効果があり、投入することで沈殿を早め、田水面の透視度をあげるという新しい活動だ。対象地区は三間、鬼北、松野の3地区で、田植え前の最後の代掻きの時期に動力散布機で石膏資材を散布し、その後、沈殿の様子を検証し、収穫した米の食味検査等も行った。
・石膏資材投入による濁度軽減結果
濁水対策のために石膏資材を散布した結果はどうだったのか。写真とともに見ていこう。
三間町と松野町の結果では、散布後翌日には明らかに濁りが解消されていることが分かる。鬼北町の写真ではあまり変化が見られないが、作業上の都合で散布後すぐに代掻きができず、時間があいたため懸濁物質が吸着せず濁りが解消されなかったということらしい。実際の圃場写真を見ても、石膏資材散布区の沈殿が明らかに早いことが分かる。
広見川等農業排水対策協議会は、この結果から石膏資材散布に2日以内で濁水を軽減する効果を確認し、代掻き時における濁水解消のための有効な手段だと結論付け、濁水対策としては非常に有効な結果を得ることができた。
・石膏資材投入による米品質結果
石膏材投入によって濁水軽減効果は得られるが、水田は米を作ることが目的である。米の品質や食味についても検証され、下の表のような結果が得られた。
水分 | 全試験区で全て「劣る」評価 *品質調査時期の遅れにより米の水分量が「劣る」評価となった。 |
タンパク | 通常栽培と石膏資材散布ともに「良い」評価 |
アミロース | 「普通」から「やや良い」評価 |
脂肪酸度 | 全てで「良い」評価 |
スコア | 通常栽培と石膏資材散布ともに「良い」評価 |
食味・品質としては、石膏散布区と通常の栽培管理を行っている慣行区との差はほとんどなく「タンパク」「脂肪酸度」「スコア」すべてが上位にあった。もともとこの地域の米は既に「三間米」というブランド米であり、今以上に評価を上げるのは簡単ではない。その一方で、石膏資材投入によって品質を下げることもないということが分かった。
問題は、石膏資材投入による付加価値をいかにつけて、コストや手間を回収していくか。ブランド米にさらなる付加価値をつけることは容易ではない。また、濁水対策への意識が強い一部の農家だけが実施したのでは効果が薄いため、広見川流域全体で取り組む必要もある。
広見川等農業排水対策協議会は、この大きな成果を得ながらも、より一層の啓発活動や農家への負担を減らすといった課題を見据え次のステップに進み始めた。
次のステップへ。広見川流域に普及していく。
・今年の取り組み内容
広見川等農業排水対策協議会は、昨年の成果を以って、今年からはこの取り組みを面的に広げようとしている。課題は大きく2つある。石膏資材の購入と散布という農家の負担をいかに抑えられるか。また、濁水対策以外のメリットを農家へ提示できるか。
早速、今年の取り組みが4月から始まった。4月8日、三間町の迫目地区にある農事組合法人はざめの協力のもと、石膏資材の散布が行われた。
今回は、課題解決に向けて、代掻き前の田約3haで、より経済的で効果的な方法を探る。1回目の代掻き前に石膏資材を通常量散布した圃場と半分量の圃場。2回目の代掻き前に石膏資材を通常量、半分量の圃場。この4パターンで今年一年の経過を見ていく。農家の労働負担を少しでも減らして、濁水対策に協力してもらいたいという考えだ。また、少しずつ協力者や理解者を増やし、濁水対策の啓発につなげたいという想いから、鬼北町と松野町でも、昨年とは違う場所で検証が行われる。
*代掻きについて:代掻きとは、田植え前に作業をスムーズかつその後の管理をしやすくするため、田に水をはって土を細かく耕し、表面を平らにならす作業。通常、土を荒く砕くような1回目の代掻き(荒代掻き)と、土面をきれいに馴らす2回目の代掻き(本代掻き)が行われる。
・迫目地域の水
ここで迫目地区の稲作について紹介しよう。
三間町にはとにかく水がない。広い田畑の面積に対して、山が遠く川もほとんどない。そのため、迫目地区には全部で6つの池があり、そこから農業用水をひいている。貴重な水なので、使った水は用水路最下流部にある井戸に貯め、ポンプで元の池まで上げ、それをまた使う。そういった方法で、迫目全体で34ha(うち田は20ha)をカバーしているのだ。
また、代掻き等で水を大量に使う日は、集落で水を出す日を決めている。しかし、水を揚げるポンプの電気代も安くはない。代掻き時や雨が降らない時は24時間稼働しつづける。さらに、代掻き時はゴミが詰まってエンジンが故障しないように、1日中当番をつけている。協力して水を管理してやっと農業ができているのだ。
ポンプや管理しやすく整備された田がなかった時代は、水の使用による水ケンカが集落内で絶えなかったという。
今回石膏資材散布に協力をしている農事組合法人はざめができたのは2007年のこと。地域の春祭りの宴会の席だった。「高齢で農業ができない人が増えている、どうしたものか。」と法人化の話が盛り上がり、若手の土居勇吉さん(当時50代)が引き受けることになった。現在73歳で、20年間迫目地域の農業のために奔走してきた。土居さんは、「米は500円/kgほどで売られるが、環境のために行っているという付加価値をつけて520円にでもなってほしい。三間米は他の米よりはもともと高いけど、法人として労賃、トラクター使用賃で消えるため、利益は低いが損しない農業経営に取り組んでいる。」という。
今年の濁水状況
・広見川パトロールの様子
代掻きが本格的に始まる前の4月15日、広見川等農業排水対策協議会によって広見川流域の濁水発生状況の調査が行われた。松野町、鬼北町、三間の3地区の様々な地点で川の水を採取し、透視度を測定し実際に現場まで状況を視察する。
この日は、三間町では前の週から徐々に代掻きが始まりピーク時期、松野町では田植えが終わっている地域もあるが代掻きのピークではない、鬼北町ではまだピークではなく部分的に始まっている状況だ。
そのような現状の中、各地点で取水された水の透視度が図のような数値になった。透視度は、高さ100㎝の計測機(透視度計)に対象の水を入れ、底の印が見える高さを測定する。数字が大きいほど透明度が高い。
河川名 | 地区名 | 透視度(cm) |
---|---|---|
三間川 | 大藤地区 | 6 |
内平ヶ谷川 | 戸雁地区 | 100 |
三間川 | 迫目地区 松木堰 | 8 |
三間川 | 土居垣内地区 大井手堰 | 5 |
三間川 | 是延地区 鬼北町境 | 10 |
告森川 | 三間中間地区 鬼北町境 | 54 |
三間川 | 三間川合流① | 13 |
告森川 | 三間川合流① | 95 |
奈良川 | 三間川合流② | 100 |
三間川 | 三間川合流② | 23 |
広見川 | 久保地区 | 100 |
三間川 | 広見川合流① | 53 |
広見川 | 広見川合流① | 100 |
広見川 | 興野々地区 松野町境 | 100 |
鰯川 | 広見川入口 | 100 |
鰯川 | 上流 | 20 |
広見川 | 野尻地区 | 79 |
広見川 | 鈴井地区 | 95 |
広見川 | 葛川橋 高知県境 | 60 |
広見川 | 江川崎地区 | 90 |
四万十川 | 本流 | 100 |
四万十川本流の水は最大値の100cmでもはっきりと見ることができる。広見川流域でも100cmを示す地点はあるが、三間地域では最低値5cmを示す地点もある。それが三間川の大井手堰の地点である。ここは代掻きのために三間川の水を可動堰で貯めている地点で、写真のように流れもなく濃い茶色の水が滞留している状態だ。
三間川と奈良川の合流点に行くと、また色の違いに驚く。三間川からの濁水が支流の透明な水と混ざりあうが、濁りが強すぎて透明にはならず、合流点から先も濁水が続いていた。
広見川の支流が徐々に合流していくが、濁りが少しずつ薄まりながらも四万十川本流まで透明になることはなかった。
まだ、全地域の代掻きは始まっておらずピーク手前なので、これからもっと濁りが強くなるのかもしれない。
*三間川は、下の図のように、通年濁りが強いわけではなく透視度が50を超えるときもある。特に濁りが強いのが今回の代掻き時期である。詳しくは清流通信284章、285章を参照。
・四万十川合流地点のゴールデンウィーク
ゴールデンウィークは四万十川の繁忙期。新型コロナウイルスの影響で客足は例年の半分ほどだった。この時期は、各地で代掻きもピークを迎える。今年のゴールデンウィークの状況はどうだっただろう。
やはり、広見川から濁水が流れてきていた。観光客がカヌーや四万十川の景観を楽しみに来てくれることを思うと、残念な気持ちが強い。新しい動きが進み、広見川流域の人々の苦労を理解しつつも、この濁水を見るときの気持ちはぬぐい切れない。
広見川だけじゃない
最後に、この問題は広見川だけじゃないと理解してほしい。
広見川の濁水がどうしても注目されてしまうが、広見川だけでなく四万十川にも同じ問題が散在しているのだ。
確かに、広見川の濁水は濁度が強く広範囲に渡るため、課題が大きく解決を望む声が強い。しかし、四万十川流域も様々なところから人によって流された濁水が四万十川に流れ込んでいる。ゴールデンウィークに広見川から濁水が流れ込むのと同じように、四万十川流域からも濁水が流れ込むのが見られた(今回は、取材しきれなかったため、今後清流通信として取材していこうと思う。)。
四万十川流域に住む私たちにとってもこの課題は他人ごとではない。
新たな取り組みに挑戦する広見川の人々とともに、四万十川の大きな課題として私たちも取り組んでいかなければいけない。
清流通信をメールマガジンとして毎月1回配信しております。
購読希望の方はこちらから↓