岡田 初穂 (おかだ はつほ)
みんなのはっちゃん先生
はっちゃんの基本情報
- 1947年生まれ(74歳:2021年9月13日現在)
- 住んでいるところ:四万十町十川
- 得意技:鮎の友釣り、釣り全般
- 主なリバーマスターの活動:子どもたちに川を教える
はっちゃんがとにかく大好きなもの~はっちゃんと釣り~
とにかく釣りが大好き!
十川生まれ育ち。川と山で小さい時から遊びまわる。魚釣りが大好きな子どもだった。
釣りは、記憶にないくらい前から好きだけど、ハヤ釣りから始めた。
川遊びは、小さい時から当たり前のように生活の一部だった。小2でしゃくりを初めて体験、昔は各家庭に一つの箱めがねがあった。テナガエビ捕ったりもした。
小5で友釣りを始める。きっかけは家の下に流れていた2尾ついた友釣りの仕掛け。誰かがばらしてしまったのだろう。それを使って、友釣りをやってみたら捕れた!その時は竹竿を継いで作った竿。ここから友釣り人生がスタートした。
中2で川船を買ってもらった。それに乗って川のあちこちで釣りをする。昔は水位が高くアユ釣り師たちは、みんな船から釣っていた。
高校進学とともに、一度十川を出る。しかし、戻ってきて、父の散髪屋を手伝いながら夏は川に出てアユ釣りをするという生活が始まった。はっちゃんは理容師さん。散髪屋の2代目で、仕事は父を見て覚えた。散髪屋で仕事をしながら、お客さんの話す釣りの話や川の話を情報源にしたり、近くのオンちゃん達に教えてもらって釣りを覚えた。
たまに、アユ釣り師が河原で小屋を建て寝泊まりするところへ弁当を持って行かされることもあった。その時は自転車に竿をのっけて、弁当を持っていくついでに一緒になって釣りをしていた。
仕事がない時は、川、川、川・・・。とにかく川に行っていた。鮎シーズンは、父に昼過ぎから15時まで釣りに行かせてくれと頼み毎日やり続けた。
村田満さんとの出会い
そんなあるとき、この辺りで友釣りといえばはっちゃんだということで、釣り具メーカーのDAIWAから、四万十川でのアユ釣り大会を計画する提案が来た。当時、大ファンだった伝説の鮎釣り師、村田満さんを連れてきてくれるならという条件で承諾したら、 本当に村田さんが弟子を連れて四万十川へやってきた。その時に友釣りで数を競いあう世界を教えてもらい、これがはっちゃんにとって忘れられない経験となった。柳瀬温泉の辺りで村田さんの弟子との友釣りの競争をして、はっちゃんは10尾、弟子は30尾近く。大きさでははっちゃんが大きいが、勝負には負けた。
結局アユ釣り大会は、宿泊施設のキャパ不足で、四万十川ではなく仁淀川へ。今も四万十川で開催が夢だが、大会がないからこそ、四万十川に憧れて来る人もいるのだろうと思う。
はっちゃんはその後、満さんのファンをまとめてくれないかと言われ、友釣り師たちの会「チロリン会」を結成。四国全域の村田満ファンが会員で、はっちゃんは会長も務めた。メンバーは、友釣りの全国大会を回る人たちやメーカーのテスターなど友釣り大好きな40名ほどだった。
でも、はっちゃんは人との競い合いより鮎と競い合うのが好き。そこにいる鮎をどう捕るかを考えて獲るのが楽しい。今までの最高数は3桁行ったこともある!友釣りだけではなく、グレにとりつかれた時もあった。一度行ったときに釣れずにフグが獲れただけで悔しかった。ここから悔しさをバネに釣れるまで通った。
これからも釣りを続けていきたい。一生やっていきたい。
はっちゃん先生と小さな弟子たち
今は、近くの保育園の子たちがハヤ釣りできるように竿を表に出していつでもやっていいようにしている。子どもに釣りの楽しさを教えることがうれしいようだ。
好奇心が止まらない!新たなことに挑戦中!
好奇心旺盛のはっちゃんだが、昔は、アマチュア無線とワープロをつないで四万十初?のメールをしてみたり、ヨーロッパと交信したこともある。最近は、孫に何か楽しみを教えたいと思い、ギターを始めた。弾き語りでグッバイマイラブ、ルージュの伝言など練習中。古い曲ばかりしか知らないから困っている。
おもしろいことは何でも挑戦したい。
リバーマスターのFacebookにも随時投稿してくれている。これが1年前にスマホを使いだしたというのだから、驚きだ!!!なんでも研究して、すぐに自分のものにしようとする器用さがすごい。
そのやさしさから頼られることも多く、この日も、子どもが釣りをやりたいと言ってるからライフジャケットを貸してくれと尋ねて来た人も。
みんなのはっちゃん先生、これからもよろしくお願いします!