1 ウッドショックとは
・四万十川流域でもウッドショックが起きた?!
四万十川財団では、四万十川を守るには森林も重要だと考えている。チェーンソーの講習を長年続け、森林ボランティアの育成を行ってきた。林業関係者との関りも多く、たびたびお世話になっている。
今年の夏、その一人から、「今、木がものすごく高くなっている!!」と連絡を受けた。それが、後に出てくる自伐林業家の宮崎聖さんだったが、夏に木が高いとはどういうことか。この正体が「ウッドショック」というらしい。
・ウッドショックの概要
正式には第3次ウッドショックと呼ばれ、新型コロナウイルス感染症の拡大が大きく影響している。ことの発端は、アメリカ。2020年4月ごろから、景気対策の一環でアメリカの新設住宅着工が急激に増え、住宅用材の需要も増え始めた。しかし、アメリカはコロナ禍。製材業は生産力の低下、物流は停滞、加えて大規模な森林火災も起きていた。それにより木材供給が全く追いつかず、自国の供給を賄うのに精いっぱいで、日本へ輸出することができなくなった。一方、日本の住宅市場は多くを米材に依存していたため、国産材の入荷ルートがない。どうにか、スギ生産量が多く、設備の整っている南九州産木材を頼ることになり、南九州では木材需要が急拡大した。しかし、南九州の林業界は、2019年からの消費税増税と集中豪雨災害で打撃を受けていたところへ、コロナ禍による人員不足でその需要に対応しきることはできなかった。結果、木材買い付けが全国各地に拡大していく。全国の木材価格が高騰したのはこういった背景からだった。
現在も木材の高騰は続いている。輸入木材は軒並み前年末比1.5~2.5倍になり、2021年1月には国産材よりも高くなった。国産材もこれにつれて高騰し、全体的に1.4倍ほど上昇し、特に丸太ヒノキでは1.8倍にもなっている。この木材の高騰によって、もともとの住宅用の木材が手に入らず、着工の遅れや、契約価格の上昇による契約不成立も発生し、コストアップ分が事業者負担になっているケースも多い。
では、四万十川流域の林業に、ウッドショックはどんな影響を与えたのだろうか。
2 四万十川流域のウッドショック
四万十川流域には高知県森林組合連合会が運営する共販所が2カ所ある。その共販所における新型コロナウイルス感染症拡大前の2020年1月から最近までの木材市況をグラフにした(図)。木材別の平均単価と最高単価変動を示した。新型コロナウイルス感染症の拡大によって2020年夏には平均単価1万円前後の底値であったが、2021年の6月後半から急に4万円近くに跳ねあがり、7月以降は4万円台後半の最高値を出している。通常の2倍以上の材価だ。
ウッドショックによる影響は経営体によってさまざまだ。今回は、四万十川流域で一番の森林面積と作業員を抱える四万十町森林組合と、四万十市で自伐林業を行う宮崎聖さんを取材してきた。この2つの経営体からウッドショックを見てみよう。
2-1 森林組合とウッドショック
四万十町森林組合(以下森林組合)は、山主に委託され伐った木を売り、その売り上げの何割かを山主に返している。ウッドショックによって丸太の市場価格が上がり、山主に返せる金額は大きくなった。ウッドショックの恩恵はそれが一番大きい。
森林組合は丸太を売るだけではなく、自社加工製品の販売もしている。しかし、ウッドショックの現在は、原材料の価格が上がったため製品価格も上がり、既存の取引ができなくなったところもある。原価が不安定な状況では、新規契約をするリスクも大きい。製材の販売は、非常に難しい状況にある。
現在は丸太を売る好機なのだが、作業員不足で生産量を増やすこともできず、伐木も補助金申請などの関係で事業計画と一定面積が必要で、すぐに伐木し市場に出荷できるわけではない。来年度以降の計画のために山を買いたいが、現在の山の価格ではいつ値崩れするかわからず、買うにも買えない状態だ。
森林組合は、組織としての雇用、契約、計画を守らなければならず、総合的な判断が必要になる。丸太が高くても、それ以外の面で負担が大きくなることもある。特にウッドショックは、あまりにも急激な値上がりで、それに対応する準備もできなかった。
重要なポイントは、今回のウッドショックで木の価値自体が上がったわけではないことだ。供給量が急激に下がり、価格が一時的に上がっているだけで、国内の需要量は横ばいか、むしろ低くなっている。この供給量を国内産で賄おうと、作業員の増員、機械の投入、山の購入をなど行うことはリスクが高い。国産材の価格上昇がいつまで続くのかは誰にもわからず、その先に価格低下が起こる確証もない。今は、この不安定な状況を冷静に見ながら時を待っている。
森林組合の田村組合長は「木の値段が高いことは良いことなのだが、これが安定し3万円台に落ち着いてほしい。」と話してくれた。
2-2 自伐林業とウッドショック
一転、ウッドショックによる木材の高騰に沸いたのは自伐林業だった。自伐林業家の宮崎聖さんは、普段から共販所の市況を見ているが、今年の6月の値上がりを見て驚いたという。夏は暑く作業効率も落ち、材質も良くない、単価も安いということで、山に入ることはなかった。しかし、この値上がりに、行くしかない!と思い、山へ入ることにした。暑さを回避するため、早朝5時頃から伐り始め10時には終わることにした。当初は、それでも作業が厳しいのではないかと思っていたが、案外、山の中は快適に過ごせたようだ。
自伐林業の利点は、自分の山だということ。投資がすべて終わり、あとはいかに高く木材を売るかを考えればいい。現在は、丸太の単価が2倍に上がっているので、いつもの2倍の収入(時給換算5000~10000円以上)を得ることができる。この収入で、今までの投資金を回収することができた。自伐林業は兼業で行う人が多く、毎日山に行かず、適期を見て1日に数本間伐しながら山を育てる。今はその数本の丸太だけで稼げるのだ。取材をした日は、1日で3本(約2㎥)間伐し5~6万円になっていた。
宮崎さんは「最初は、どんなものかと話題作りでという気持ちが強く、暑いし、無理だと思ったが、思ったより何とかなる。慣れたら、あまり普段と変わらない。売ったら高く売れることがとても楽しい。」と話してくれた。
ウッドショックで一番恩恵を受けているのは、自伐林業をしている人達かもしれない。特に、ヒノキは全国的に少なく、今回の材価上昇率が特に大きいためヒノキの山を持っている自伐林業家は潤っただろう。自分の山を持ち、自分で木を伐って、それが収入になる。この明快な仕組みだからこその利点をウッドショックで活かすことができた。
一方で、自伐林業は、短期間で安定した収入をつくるのが難しく、50年という長期間で収入にしていく持久力が必要だ。一つの山と一つの木を大事に育て、売り時を探っていくとても地道で長い仕事だ。この好機は、嬉しい出来事ではあるが、1つの山が育つ過程で起きた微々たることだ。コロナ禍やウッドショックがあるからといって、山がなくなるわけでも、木が減るわけでもない。将来、成長した山から良い木を出し続け、収入にしていくのだ。自伐林業から、長く続く道の半ばだという大きな余裕を感じた。
3ウッドショックを経て
ウッドショックによる木材の高値は年内続くだろうと言われている。外材も少しずつ入ってきているようだ。しかし、原油高で流通コストも上昇しているため、外材が前のような安価では手に入らず、国産材の再評価があるかもしれない。外材には、大量のロットを入手できるという利点もある。一方の国内林業には大量のロットに対応できない現状があり、既存課題解決の必要性がより浮き彫りになった。
ウッドショックは、経営形態の違いによって多方面に様々な影響を与えている。事業体にとっては複雑な利害半々の状況を、自伐林業家や山主には大きな利益を与えている。木の値段が高かった時代には、木材はウッドショックの今よりさらに2倍以上の価格だった。その後、価格低下で林業が衰退し、最近は下げ止まりに嘆く状況だったが、ウッドショックで木材価格が高騰しても手放しで喜べる状態にはならなかった。一体、どこに向かえば林業は良くなるのだろうか。この状況を追いながら、林業界の先行きに注目していきたい。
編集後記
荒廃した森林が引き起こす土砂崩れや保水力の低下による河川への影響は大きく、普段から流域の住民や関係者から危惧する声を耳にする。人工林の手入れを適切に行い、森林機能を適切に守るには、林業の役割が非常に重要だ。
その林業は、ウッドショックによって転換点を迎えたように見える。木材価格の低迷に慣れすぎて、それに対応しようとした手厚い補助の仕組みが、この好機に足かせになるという矛盾も見え隠れした。ウッドショックによって、林業の衰退は低い木材価格が元凶だと思われていた定説が崩れてしまった。
国産材の需要の高まりと、木材価格の高騰はそれだけ見ると林業にとって好機なのだ。木材が高く売れるのに、なぜ好機にならないのだろう。今回、この疑問が強く残った。
一方で、今回の取材を通して、前に進むキーポイントが見えたようにも感じた。コロナ禍によるアウトドア需要の高まりとともに、自然環境に対する意識も変わり始め、林業における人手不足という点では、山や森林に関わりたい人が増える兆しもある。林業は危険で、生半可な気持ちでできる仕事ではないが、自然を守りたいという想いが強い人の1つの選択肢にならないだろうか。
新たな兆しを感じながら、この転換点を好機とした新たな展開に期待したい。
参考文献
・GR現代林業9月号2021
取材協力
・四万十町森林組合
・宮崎聖さん、西村優輝さん
・高知県須崎土木事務所
・高幡共販所
・幡多共販所
・高知県林業振興・環境部