いつも清流通信をご愛読いただきありがとうございます。昨日はクリスマスでしたね。大寒波でしたが、皆さんがお住まいのところには被害等なかったでしょうか。今年も残すところあとわずか、2022年も清流通信をご覧いただきありがとうございました。
さて、旧津野山郷(梼原町と津野町旧東津野村)では例年11月の秋祭りに神楽奉納があります。過疎高齢化により各地域で伝統行事の継承が難しくなってきていますが、津野町では地域と学校が協働し、伝統芸能である津野山古式神楽を残そうと神楽学習を行っています。今回はその様子を取材しました。
津野山古式神楽
津野山古式神楽は、1100年以上続く伝統芸能で、延喜13年(913年)に藤原経高によって伝えられたとされる。毎年11月、各集落の神社で五穀豊穣の感謝および祈願を捧げる神楽を奉納している。神楽は「舞殿」と呼ぶ4 メートル四方の舞台で奉納するため、津野山周辺の神社にはこの舞殿が多くみられる。テンポの速い楽が響く中、神歌を歌いながら力強く舞うのが特徴だ。舞は神話を題材とし、「宮入」から「四天」まで全17演目で構成される。なかでも人気は「大蛮」で、初参りの子どもを抱きかかえて神様と観衆にお披露目するシーンは大盛り上がりだ。
地域文化の継承
津野山古式神楽の奉納や地域への伝承活動は、津野山古式神楽保存会が中心となって行っている。保存会には現在男女合わせて約30人が所属しており、10代・20代といった若い世代も参加しているそうだ。その保存会が力を入れているのが、東津野中学校と協働で取り組む神楽学習だ。
この取り組みは今年で27年目になる。当初は希望制で、クラブ的な規模で行われていたが、中学生とその保護者にも興味を持ってもらえるよう、総合学習に組み込んで行うようになったそうだ。1年生は調べ学習やしめ縄づくり、2年生は楽(がく)、3年生は舞を学び、楽と舞の講師は保存会のメンバーが務める。2カ月間、9回の授業を通して練習した後、地域住民に向けた発表会を行っており、今年は1年生10名、2年生13名、3年生19名が神楽を学ぶ。
授業が始まるにあたって、保存会副会長の嶋崎さんにこの取り組みに対する思いをうかがった。
「津野山古式神楽は地域の大事な文化ですから、この大事な文化を継承していけるように中学校と協力して神楽学習を行っています。この学習がきっかけとなって保存会に入ってくれる子も出てきましたし、確実に地域の文化継承の場になっていると思います。神楽を教える際は、技術だけでなく、神楽や舞にどんな意味があるのかを理解してもらうことも大事にしています。神楽に興味を持ってもらえたら嬉しいですし、地域の伝統を繋いでいくことの大切さを伝えられればと考えています。また、神楽学習とは別に、中学生たちは神楽を残していくためにはどうしたらいいか考えてくれています。これまでに、地元のピザ屋さんに協力してもらい、神楽の演目をイラストにしたシールをピザの箱に貼って発信したり、シールで大きな神楽のモザイク画を作ってくれたりしています。保存会としてもそうした生徒たちの頑張りを知ってほしいと思い、神楽ハウスで中学生の発表の様子や、モザイク画を展示するようにしました。また、牧野博士の朝ドラに合わせて、カルストの植物の写真に神歌を入れて飾っています。中学生だけでなく地域おこし協力隊も神楽の紙芝居を作ってくれましたし、地域全体で神楽を発信していこう、残していこうという気運が高まってきました。これはとてもありがたいことですし、保存会としてもさらに情報発信に力を入れていかなければいけないなと感じます。」
神楽学習がきっかけとなり実際に地域文化を担う若手が生まれているのは、とても素晴らしいことだ。今年の講師のなかにも神楽学習経験者がいるほか、昨年中学を卒業した生徒の1人は、神楽が大好きになり、自ら希望して保存会に入ったという。高校生がメンバーになるというのは初めてで、まだ奉納には参加できないが、大人に混じって練習しているそうだ。
一方、学校側の狙いとしてはどんなことがあるのか、東校長にお話を伺った。
「東津野中学校が目指す生徒像として、『故郷を愛する生徒』を育てることが目標の一つになっています。地域を愛する、好きになってもらうために何が必要かを考えたときに、やはり地域の行事に参加して地域を知ることが重要だと考えます。若い頃は外への興味が出てくるものですが、大人になると故郷に思いをはせるようになるとも聞きます。大蛮に抱かれるなど、神楽に小さいころから親しみがある生徒も多く、東津野の文化を代表するお祭ですから、生徒たちに体験してもらうことは大きな意味があると考えています。また、神楽のほかにも、地域の方と小学生の時からお米作りや茶摘みをしたり、食文化や産業について学習する機会を設けたりと、地域の文化に触れる機会を多く設けるようにしています。こういった経験が生徒達のDNAの中に潜在的に組み込まれ、大人になったときに故郷を思い出すきっかけになればと思います。また、神楽はこれまでずっと受け継がれ絶えなかった歴史あるお祭ですので、地域の人が文化を守り、受け継ぎ続けてきたことに生徒たちには誇りを感じてもらいたいです。」
神楽学習開始!
9月16日、今年の神楽学習が始まった。全学年が体育館に集まり、指導にあたる保存会メンバーと初顔合わせ。保存会からは10名が講師として参加し、なかには生徒のおじいさんもいたようで、そんなところからも”地域”が感じられる。挨拶が終わると、1年生は教室で調べ学習、2年生は体育館で楽、3年生は各教室で舞の練習が始まった。
2年生も3年生も初日から本格的な練習に取り掛かる。
楽を担当する2年生は、講師から神楽のリズムを熱心に教わっていた。神楽では、大胴(大太鼓)、小囃子、鉦、横笛の4つの楽器が使われ、それぞれリズムも違う。複雑で早いテンポのリズムを鳴らし続けるのは、とても難しそうに見えた。最初の練習は小囃子から。全員でまず縄の調整を行い、交代で叩く。縄の締め方が緩いと、音も悪くなってしまうのだそうだ。「太鼓の叩き方は、バチの先端ではなく、全体を当てて叩くといい」「バチのにぎり方は小指と薬指で強く握り手首で叩くのがコツ」といった講師のアドバイスを受けながら、生徒たちは一生懸命練習に励んでいた。
3年生は分かれてそれぞれが担当する舞を講師から教わっていた。今回生徒達が披露するのは、「幣舞」「手草」「天の岩戸」「悪魔祓」「大蛮」「山探」「鬼神退治」「弓舞」「恵比寿」「四天の舞」の10演目。今年は生徒の数が多く、例年より演目の数が多いのだそうだ。舞はくるくる回りながら移動するなど複雑な所作や移動が多く、これを覚えるだけでも大変そうだが、さらに舞の途中で神歌も歌いあげなくてはならない。神歌も神話をベースにした古典的なフレーズなので、これもまた覚えるのが大変そう。初日は振付の練習のみだったが、さすが昔から親しんでいるからなのか、生徒たちの飲み込みは早く、複雑な所作を丁寧に確認しながら黙々と練習に励んでいた。意気込みを聞いてみると、「赤ちゃんの頃大蛮に抱かれたし、神楽には昔から親しみがあります。1年生の時から舞うのが楽しみでした。たくさん練習して、本番でうまくできるように頑張りたいです。」と話してくれた。休み時間になっても黙々と練習する姿が見られ、生徒たちの真剣さが伺えた。
実は学習が始まるにあたり、生徒たちは神楽の歴史や舞の意味、特徴を調べたうえで、自分がどの演目を舞うかを選択したという。校長先生に話を伺うと、「今年は事前に舞の意味を調べてもらったことで、ただ正しく踊る、振り付けや神歌を間違えないように気を付けるだけでなく、舞の意味を理解したうえでどんな風に舞えばいいかを考えながら取り組んでいると思います。例えば、恵比寿はお客さんを楽しませる演目ですし、山探は喜怒哀楽が見どころの演目です。生徒たちはそういったところをどう表現するかを考えながら舞を披露してくれるのではないかと期待しています。」と語ってくれた。
11月4日、学習開始からおよそ2か月が経過し、練習もおよそ終盤を迎えていた。この日は学校からweb配信で地域の高齢者施設へ神楽を披露する。コロナ前は生徒たちが施設に赴いて披露していたが、ここ2年間は中止となっていた。しかし3年目を迎え、できることを考えた結果、今回のリモート配信が決まったのだそうだ。この初めての取り組みを発信しようと、複数の報道機関も来ていた。生徒たちにとっては外部の人に演舞を見せる初めての機会。本番さながら体育館に舞台がセットされ、楽に合わせて舞を披露する。足りない衣装は保存会から貸し出すそうだが、ほとんどが学校で用意したものだそうだ。また、舞台にかけられたしめ縄は1年生が作成したもので、学校全体で神楽を作り上げていることが感じられる。
演舞に先立ち、嶋崎さんにこれまでの練習についてお話を伺うと、「3年生も2年生もだいぶ上達しました。飲み込みも早く真剣に練習に取り組んでくれるので、毎年のことながら教えるのが楽しいです。」と話してくれた。
配信が始まり、生徒代表が挨拶を行い演舞が始まった。楽のリズムも舞の迫力も初日とは大違いで、双方の息もぴったり合った演舞に、生徒たちがいかに真剣に練習に取り組んできたかが見て取れる。舞い終えた生徒に話を聞くと、「今回初めて面を付けての演舞だったので、視界が思っていたより狭くて少しパニックになって、振りを忘れかけるなど緊張しましたが、本番のときには今回のミスが直せるように頑張りたいです。」「失敗したところもありましたが、自信を持って踊れました。学んできたことを考えながら、本番までにいいものを見せられるように、練習したいと思います。」と語ってくれた。
いよいよ本番!
Web配信から2回の練習を経て、11月23日(木)、ついに神楽学習発表会を迎えた。この発表会もここ2年は保護者のみ招待での開催だったが、今年はようやく地域の人を招いての発表会となり、学校関係者や保護者、お年寄りなど多くの観客が集まった。会場には他の地域学習の様子や、3年生が作成した神楽学習の冊子も展示され、それを熱心に読む多くの保護者の姿が見られた。
10時のスタートとともに、教育長や保存会、生徒代表の挨拶を受けていよいよ本番が始まった。流れとしては、各演舞の前に1年生が舞の説明を行い、2・3年生が鳴物と舞を披露する、これが10演目分行われる。1年生が舞の意味や、舞手の生徒、指導を担当した講師へのインタビュー動画を発表。この日までに調べ学習やインタビューを行いながら発表の準備をしてきた。インタビューでは、3年生が舞を選んだ理由や、舞う時に気を付けているところ、難しいところ、本番への意気込みを、講師は、神楽への思いや生徒に伝えたいこと等について紹介。「保存会の方の気持ちに寄り添えるように舞いたい」という生徒の意気込みや、「思い出に残るように演舞をしてほしい」という講師の思いが紹介された。1年生の発表が終わると、2・3年生による演舞、楽に合わせて舞が始まる。リズミカルな鉦と笛の音、力強い太鼓の音が会場に響き、3年生は一つ一つの動きを丁寧に舞っていた。神歌を歌う際には楽を締め、歌い終わるとまた奏でるため、神歌の終わるタイミングが分かっていないといけない。双方の息がぴったりと合った演舞は、大人たちの奉納と遜色ないくらい立派だった。
演目の説明と、生徒と講師の思いを発表してくれました
見せ場では大きな拍手が起こっていました
完成度の高い生徒たちの発表にカメラを回す観客も多く、演目が終わるごとに大きな拍手が起こった。また、小さな子どもたちが最前列に座り、興味津々で見つめていたのが印象的だった。
演舞終了後、今回の神楽学習について、生徒や保存会の方に話を伺った。
生徒からは「難しかったですが、練習よりうまくできたと思います。神楽は小さいころから身近にありましたが、あまり知らなかったので今回の学習を通して理解を深めることができました。神楽が続いていくためにできることを精一杯やりたいと思います。」という声や、「小さいころから神楽は身近なものでしたが、さらに神楽への興味が強くなりました。これからも続いてほしいし、将来保存会に入れればいいなと思っています。」、「ミスもありましたが、練習の成果を出すことができ、やり切れてよかったです。神楽は地域の大切な行事であり、地域の人たちと一緒に喜びを共有できたこと、練習の成果を見てもらえたので嬉しかった。3年間の学習を通じて神楽は地域や郊外の人を繋ぐ大切な行事なのだと改めて感じました。」という感想があった。生徒たちから、神楽の継承に自分もかかわっていきたいという声が複数聞けたのは、とても嬉しかった。この3年間の学習を通して、生徒たちは地域の伝統行事である神楽への理解を着実に深め、それぞれに神楽への思いを育んだようだった。
また、来年舞を担当する2年生は、「鳴物はリズムが難しく覚えるのも大変だったが、楽しくできました。来年は、かっこいいので鬼神退治をやってみたいと思っています。舞ができることが今からとても楽しみです。」と来年に向けた思いも語ってくれた。やはり、3年生になって舞うのを楽しみにしている生徒も多く、先輩や保存会の演舞に憧れて、その演目を希望する生徒も多いそうだ。
一方、今回悪魔祓いの指導にあたった明神さんは、今回の神楽学習について「毎年のことながら、生徒たちの演舞は素晴らしいし感動します。今年の生徒はオンオフをしっかり切り替えて、まじめに取り組んでくれたところが印象的でした。これをきっかけに神楽に興味を持って、将来に繋げてくれたら嬉しいです。」と、生徒たちの頑張りをたたえ、生徒たちが今後の神楽継承を担ってくれることへの期待を語ってくれた。
県内の他の学校でも地域の伝統行事を体験する取り組みは広く行われていると思うが、東津野中学校のように3年間を通して学習を行っているのは、珍しいのではないだろうか。3年という時間のなかで、生徒たちはそれぞれに神楽と向き合い、神楽を含め、地域への思いを育むのだと思う。きっと今年の生徒たちも、保存会と一緒に神楽継承に向けた新しい取り組みを考えてくれるのではないだろうか。今の2年生が、来年が楽しみだと言っていたように、神楽学習は地域を知る授業というだけでなく、生徒たちの学校生活の楽しみにもなっており、また地域の人たちも中学生の神楽を毎年心待ちにしている。神楽を通して地域に楽しみが生まれ、楽しいからこそ神楽が続いていく、この良い循環が今後も続いていってほしいと心から思った。