近年、後継者不足によって老舗が廃業してしまう事例が後を絶たない。四万十町でも昨年、120年の歴史を持つ老舗酒蔵に廃業の危機が訪れたが、有志達が事業継承を行い、テロワールという考え方に基づいた新しい商品作りや、バーの併設といった新しい売り方、魅せ方に取り組んでいる。その酒蔵が5月1日、いよいよ再始動するということで、取材に伺った。
文本酒造の再スタート
四万十川の中流域、四万十町窪川は米どころとして有名だ。広い台地に川が作り出した広い農地を持ち、昼夜の寒暖差が大きく霧が発生しやすい気候も相まって、流域屈指の米どころとして発展してきた。この地域で育てられている仁井田米はブランド米として人気があり、町の名産でもある。広大な水田、四万十川の清流が流れる窪川は、酒造りに適しており、かつては町の中にも8軒の酒蔵があったほど酒造りが盛んだった。しかし、8軒もあった窪川の酒蔵も今ではたった1軒のみ、それが今回取材した文本(ふみもと)酒造だ。中心商店街に店を構える文本酒造は、純米大吟醸酒桃太郎が人気商品で、土佐酒には珍しく甘くて飲みやすいと多くの人から愛されてきた。しかし、昨今の日本酒離れやコロナの煽りを受け、2020年3月に酒造りを停止、廃業に向けた準備が進んでいた。窪川唯一の酒蔵がなくなってしまう、商店街の活気もさらに落ちてしまうのではないかと、廃業の噂に寂しさを抱く住民も少なくなかったが、そこで持ち上がったのが事業継承の話だった。その中心人物が、今回お話を伺った文本酒造株式会社専務取締役の阿部達也さんだ。阿部さんはもともと大手航空会社に勤めており、高知県の観光団体へ出向となったことがきっかけで四万十町のまちづくりに関わるようになった。
「今までも出向先でさまざまな地域おこしにかかわってきました。四万十町では、四万十町をもっと明るく楽しくすることを目的に活動している『しまんと街おこし応援団(以下 応援団)』の立ち上げにも関わり、企画づくりもしています。応援団の中心メンバーである岩本寺住職から酒蔵の廃業を聞き、今のオーナーに事業継承しないかと話を持ち掛けたんです。オーナーは応援団にも関わってくれていて、バー経営の経験もあったので、やってみようかという話になって。でも、元の経営者の方はすでに廃業を決めていましたから、納得してもらうまでに少し時間がかかりました。それでも地元の方に間に入ってもらいながら、何度も何度も交渉し、最終的には事業を継承することの了承をいただき、昨年の7月から経営を引き継ぎ、建物の改修など再開に向けた動きが始まりました。この辺りは町の中心街ですが、少し寂しい状況になってきています。酒造が再始動することでどれだけ賑やかになるかはわからないですが、私たちの活動を面白いと思って、若者が空き店舗を利用して何か始めて行く、そんな動きが出てくれば嬉しいですね。誰かが先陣を切ってそれで人が来るようになることで、面白いことをやりたい人が寄ってくる、そんな循環が生まれている地域が全国的にあります。そんな流れを生み出したいという想いもあってバーの開店も企画しました。町には若い地域おこし協力隊もたくさんいますから、そういう子たちに、夢のままで終わらせない姿を見せることで、やればできるんだ!と、希望を感じてもらえるような存在になりたいです。」
事業継承の根底にあったのは、地域を元気にしたいという想い。酒蔵復活は、阿部さんたちの今までの取り組みの延長線上にあるのだ。もちろん、酒蔵を継承すると決めた理由はそれだけではない。ビジネス的にも勝機がある、そんな確信があったからだという。
「メーカーとしては、お酒を売るのが本業ですので、海外への輸出なども視野に入れて販売先の開拓に力を入れていく必要があると考えています。そのなかで、外国の方にも四万十に興味をもってもらい、実際に来てくれるようになるなど、観光振興にもつながればいいですね。その意味でも、地元産にこだわることが重要で、ワイン作りの「テロワール(その土地が持つ個性 )」という考え方と同じことが四万十町でもできると思うんです。お米は地域のブランド米(にこまる)を使用し、水は四万十川流域の地下水を使うなど、原材料の四万十町産にこだわっています。地域のお米を使うことは地域の農家を守ることにもつながります。お酒を通して自然豊かな環境で育てるお米、きれいな水、人柄、空気など、地域を感じることができる。そんなビジョンが描けたから、オーナーも私もここで酒造りをすることに決めました。今回、お酒の名前も『SHIMANTO』に変えますが、商品と地域の関連性が明確であること、ストーリーがわかりやすいというところが、販売においても強みになると思います。世界的にも知られている四万十という名前を使えることは最大の強みです。また濁り酒は『霧の里』というブランド名に変更し、霧が発生しやすい窪川の特徴と、濁り酒の色と霧が連想できるように意識しました。実をいうと高知県の厳しいHACCP制度にも対応できるよう機材を一新させたので、相当経費もかかっています。窪川は岩本寺だけじゃないんだぞと、岩本寺を訪れたお客さまをどんな風に誘導するかも、考えていかなければいけないと思っています。売れなければ破産ですから、ここからが勝負ですね。」
(提供:文本酒造株式会社)
(提供:文本酒造株式会社)
この地下水を使ってお酒が造られる
新しい販売スタイル
文本酒造は再開にあたって新しい杜氏を迎え、飯米である仁井田米(にこまる)を使った新しい酒造りを始めた。一般的に日本酒は酒米を使って造るが、飯米を使った酒造りは珍しく、杜氏の石川さんにとっても初めての挑戦だという。3月21日、いよいよ3年ぶりに日本酒の仕込みが再開された。開始前に御祈祷を行い、従業員全員で美味しいお酒ができるよう祈願した。ニュースにも取り上げられ、期待の声も多く寄せられた。清酒になるまで1か月以上はかかるため今はまだ醸造中だ。今月末に仕上がり、5月1日の販売開始に向けて備えるのだという。販売を予定しているお酒なのでもちろん失敗はできないが、そこは石川さんの腕を信頼していると阿部さんは話してくれた。聞けば石川さんは茨城県で長く杜氏をされていた方で、腕は抜群だという。飯米を使ったお酒は甘くなりやすいが、なるべくスッキリした味わいを目指している。メインブランドである日本酒『SHIMANTO』は、食事とともに楽しめるスッキリとしたお酒、今後販売予定のサブブランドは度数22度以上のお酒自身を楽しめるお酒を目指しているそうだ。
新しくなったのはお酒だけではない。文本酒造では、販売形式や容器にいたるまで、革新的な販売スタイルを意図している。
「販売の特徴としては、お酒を瓶ではなく、スパウトボトルという軽くて割れない容器に入れることで、運送業者も含めすべての人の負担を軽減する、人に優しいパッケージを目指しました。荷物の軽量化に繋がりますし、破損機会も減少し、生産性の向上にも繋がります。将来的には植物由来のボトルに変更して、環境にも優しいパッケージにしていきたいです。一方で、ガラス瓶は個性的なものがあって、コレクターもいます。そこで、親交のあるアーティスト達に協力してもらって、作品をパッケージに使いたいと考えています。アーティストそれぞれに固定ファンもいますし、コレクターもいらっしゃいます。100本ごとに新しいレーベルを出していく予定なので、コレクションとして購入していただく、そしてお酒を楽しみ、四万十に興味を持ってもらえたら嬉しいです。また、店舗販売では、伊賀焼の土瓶を使った量り売りもしていきたいと考えています。かつて日本では土瓶での量り売りが主流でしたが、瓶の台頭とともにその風習もなくなりました。文本酒造では、かつてのスタイルを復活させることで、SDGsの観点も取り入れつつ、何度も店を訪れてもらって地域にも賑わいが生まれる、そんな効果を期待しています。土瓶の紺色は、文元酒造のコーポレートカラーであり、四万十川を連想させる色です。この土瓶を使った販売はNFTでも行っていきたいと考えています。限定100本で、持っているだけで価値があるような仕組みにしていきたいですね。販売価格は25万円で、5月1日から受付を開始します。そういった他でやらないような展開を、これからどんどんやっていきたいです。」
阿部さんはこれまで応援団で大正下津井にある森林軌道を活用したアートトレイルを企画するなど、さまざまな人たちとタッグを組んで、地域おこしに取り組んできた。今回もアーティストとコラボするなど、これまでのつながりや経験を上手に生かしながら斬新なアイデアを生みだしている点が印象的だった。
自然と人が集まる空間に
今回のリニューアルにあわせて新たにオープンするのが、酒造の隣にできたペアリングBAR「お酒やさん」だ。もともと蔵元の母屋だった建物を改修した店内はモダンでおしゃれな内装ながらも、欄間や大きな梁、床の間など、古い趣のある意匠が随所に残されており、落ち着いた雰囲気が漂う。こだわりは店内にピアノやDJブースを設置しているところ。あまりうるさくしすぎるのはよくないが、お酒を飲みながら、自由に音楽を楽しむことができる。
「ここに来れば面白い人に会える、そんな場所になればいいなと思っています。新しいお酒は香りが自慢なので、お猪口ではなくワイングラスで提供し、より一層香りを楽しんでもらえるようにします。料理は高知県産にこだわり、日本酒をカクテルにしたり、半分に剥いたユズの皮でお酒を飲んだり、地元ならではのお酒の飲み方も提供したいですね。そのほうが話題性もありますし、日本酒離れが進むなかで、〈日本酒って面白いじゃん!〉という認識を持ってもらえるのではないかと考えています。また、店舗にはフリースペースも設けており、FreeWi-Fiや電源プラグ、プリンターも備えているので、学生や大人はもちろん、子どもも自由に利用できるような空間にしています。子どもにお酒は出せませんが、〈茶ぐらいなら出したるから、おいで〉くらいのフランクさで、子どもの居場所の一つになったらいいなと思いますね。地域的に共働きの親も多いですし、コミュニティに入るのが苦手な子や、悩みを抱えている子どももいると思うんです。そういった子どもの行く場所って意外と地域になかったりするので、ここが居場所の1つになれればなと思います。とにかく地域の人が集まるような、人が集える場所にしていきたいですね。」
文本酒造が目指すのは、四万十町産にこだわった、世界に四万十を発信できるストーリー性のあるお酒を造っていくこと。目指す酒蔵像は、地域の人が集まれる場所、地域がにぎわうきっかけになる場所なのだと感じる。どこまでも地域を思い、地域が元気になるようにとの思いから、酒造りという難しい分野にチャレンジしていく、その行動力や決断力、そして夢では終わらせないという熱意に感銘を受けた。これだけ地域を思っているのだから地域に愛されないわけがない。きっとこれから50年、100年先と地域に愛され誇れる酒蔵になっていくだろう。創業120年という伝統を重んじながら、革新的なアイデアで新しい売り出し方にもチャレンジしていく新生文本酒造。5月1日(月)にいよいよオープンを迎えるほか、同日から限定リフィル伊賀焼ボトル受付、ペアリングサブスクの受付も始まる。すでに酒蔵を応援するファンクラブ「fumimoto brewery CLUB」も開始されているので、是非チェックしてみてほしい。
Fumimoto brewery(文本酒造株式会社)
住所:高岡郡四万十町本町4-23
TEL:0880-22-0039 MAIL:info@humimoto.jp
H P:https://fumimoto.jp
施設:販売店舗・BAR・アンテナショップ
営業時間:【販売店舗】10:00~17:00
【お酒やさん】水・木11:00~20:00/金・土11:00~21:00
日・祝日11:00~17:00/祝前日:11:00~21:00
年末年始および貸切営業日はお休み
定休日:毎週月曜・火曜(祝日の場合は営業)
販売価格:純米大吟醸酒SHIMANTO 300㎖:2,980円/500㎖:4,900円
販売方法:店舗販売・通販(https://fumimoto.jp)
ファンクラブ:https://app.mikosea.io/fund/project/3