二日目は一関本村地区の文化的景観を歩いて巡りました。本寺地区には現在約100世帯、約300人が暮らしています。


まず最初に立ち寄ったのは骨寺村荘園交流館「若神子亭」。骨寺村の文化的景観の情報発信の拠点として平成23年に整備されました。館内には骨寺村荘園遺跡の歴史や価値を伝えるシアターやパネル、ジオラマなどが展示されている他、地元の特産品が並ぶ売店やレストランも併設しており、地域活性化の拠点としても活用されています。売店を抜けて資料館に入ると、まず目に入るのが鎌倉時代に描かれた「陸奥国骨寺村地図」の展示。平泉の中尊寺に所蔵されており、この地図とほぼ変わらない風景が今もなお本村地区には残されているのです。地図上には東西南北の境も記されており、栗駒山から太陽が昇ることから栗駒山の方面を西とし、その反対側を東、向かって右の山側が北、左の磐井川側が南となっています。地図には川や水路、神社、信仰の対象となっている場所が描かれていますが、今の風景と比較しても当時と同じ場所にあることが確認できます。本寺は中世の景観を残す貴重な場所なのだとわかります。地図の展示を進むと、広々としたシアタールームに入ります。ここでは骨寺村荘園遺跡の歴史を紹介する動画と、本寺地区をパラグライダーで空撮した映像を観ることができます。どちらも本寺の魅力がわかりやすくまとめられており、訪れた方に効果的に発信できる設備になっていると感じました。さらに奥に進むと、本寺の農業の歴史や景観の特徴を説明するコーナーに。中央には本寺地区のジオラマもあり、一年を通して本寺の人々がどんな暮らしを営んできたのかわかりやすく展示しています。かつては米の他に、栗や粟を栽培し、中尊寺に納めていたそうです。

館内を見学した後は本村の農村集落を歩きます。ガイドをしてくださったのはいわいの里ガイドの会のこんのさん。まず立ち寄ったのが本寺川にかかる橋。本寺川は地図には桧山川と記載されています。橋の上からは本村の農村景観が一望でき、若神子社という水田の中にポツンとあるお社も見ることができました。若神子社は栗駒山にある駒形根神社の里宮だと考えられているそうです。また、道中にはイグネという西側からの強風を防ぐための防風林を備えた家々など、自然条件に合わせたこの土地ならではの暮らしの風景を楽しむことができました。

集落内の道はくねくねしており、同じように水田も水路もくねくねしていることがわかります。自然のままの、地形に合わせた土地利用が今もなお継承されている点も、本寺の農村景観の魅力の一つです。本当は圃場整備を行い、四角い田んぼにした方が耕作もしやすいことは明白ですが、本寺らしい美しい農村景観を守りたいという思いから、かつてのままの形で耕作を続けていくことを選択した本寺の人々。田んぼの広さは大きくなったものの、一部には昔の大きさを保った小区画の田んぼも残されており、地権者と行政、協議会で保全に向けた協定を結び、田植えイベントを実施、その際には中尊寺から祈祷に来てもらい、100人以上の参加者で田植えを行うんだそうです。目の前に広がる景色から、本寺の人々の努力と、地域への思いを感じることができました。

本寺の水田は緩やかな傾斜地を利用して作られており、高低差を活かして山水を上の田んぼから順に落としながら供給するため、田んぼの中に用水路があまりないのも特徴です。特に北側の田んぼはその特徴がよく残っており、段々の田んぼが広がる風景を見ることができました。また北側の山々には山岳信仰の聖地や、修験道ゆかりの場所などの遺跡が数多く残っており、一関の歴史を感じることができます。

もともと水が引きづらく、農地が少ない地域だったようですが、3キロ先の山から用水路を引き灌漑が進んだことで、100戸ほどにまで農家が増えたんだそうです。豊かに暮らしていくため先人が苦労をして整備した用水路には今も豊かな水が流れています。

散策の最後に訪れたのは駒形根神社。ここは栗駒山を拝むための神社で、山岳信仰に由来する神社で、天台修験とのかかわりがあるとのこと。

散策マップもウェブ上で公開されています。そちらもぜひご覧ください。
骨寺村荘園遺跡散策マップ

お昼にいただいたカボチャのハット。おいしかったです。