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高知県の嶺北地域で「地域循環共生圏」の構築を目指す注目すべき団体が立ち上がった。早明浦ダム湖に隣接する土佐町、本山町と、ダム湖の水を利用する高松市が手を組んで設立した一般財団法人「もりとみず基金」だ。本333章と次号334章の2回を使って、設立間もない「もりとみず基金」についてご紹介したい。今回は「もりとみず基金」が目指すところについて、その仕掛け人のお三方に話を聞いてみた。

左から尾﨑康隆氏・三好一樹氏・立川真悟氏

ダム上流部の森林の現状とダムの貯水率

人口40万人を超える高松市の貴重な水源となっているのが早明浦ダムだ。その上流域では、森林の手入れが行き届かず、ダムの貯水量の低下が懸念されている。財団設立時の2024年1月、ダムの貯水率は約20%だったという。ダム上流部の森林の現状とダムの貯水率にはどのような関係があるのだろうか。

左:満水時の早明浦ダム  右:渇水時の早明浦ダム
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三好一樹代表理事「(早明浦ダム上流の山林の)現状としては、人工林が高齢級化し、間伐が行き届いていない状態です。路網が整備されているところは比較的に間伐が進んでいますが、路網を入れにくい急峻な地形で、まとまった面積が確保できない場所は、架線を張っても採算が合わず、手を付けることが出来ていません。

近年の気候変動による極端な雨の降り方の影響も大きいですが、森林の現状とダム貯水率との関係について言えば、高齢級化で森林がうっ閉(隣接する樹冠同士のすき間が狭くなっている状態)しているので、雨が降っても、地表水や伏流水になるというよりは、降った雨を樹木がドンドン吸い上げて、大気に還ってしまっています。ですので、適切な間伐で樹冠のすき間を広げ、高木層だけでなく中木層や低木層を育て、多層な森林にすることによって、降った雨を確実に地表面や地下に伏流水として貯め込み、少しずつ染み渡るようにして水源涵養につなげることが究極の目標です。」

立川真悟氏「嶺北地域の人工林はスギが多いんですが、スギは非常に水分を吸い上げます。ダムに限らず、水を取っていた沢がスギの吸い上げで枯れた、等の話を方々で聞きます。山林の手入れ不足で人間が使う以上に樹木が水を使っているという状況だと思います。それを改善していくのが財団の大きな目標です。」

人工林は、適切な管理が必要になる。林冠が閉鎖すると林内が暗くなるため、下層植生も育ちにくくなる。下層植生がない森林は、地力の低下や河川への土砂流出を引き起こす。一度失われてしまった表土(種子や有機物がたくさん含まれている)1cmを再形成するのに100年かかるとも言われる。また多層林になることで、降雨は直接地面に落下することなく、葉がクッションのように働きながら地表面にたどり着き、時間をかけてゆっくりと地表水になったり、あるいは地下へしみ込み、湧水となってダム湖へ絶え間なく注ぎ込まれていく様子がイメージできる。

皆伐施行への考え方

四万十川流域に点在する皆伐地

水源涵養につながる施業(間伐)の一方で、皆伐はどうだろうか。四万十川流域でも皆伐で裸地化した山林が点在している。皆伐後の山では、剝き出しになった地表面を激しい雨が叩きつけ、地表水が地表を洗堀しながら一気に走り、濁流となって河川やダム湖を増水させる。皆伐について伺ってみた。

三好一樹代表「皆伐も森林所有者のご都合などにより必要な場合はあると思っています。そういうところには今後、再植林したり、適切な施業を行いダム湖への影響を最小限にして再生したいと思っています。瀬戸内海のように降水量が年間1000mmを切るような場所では皆伐直後に崩壊などが起こるリスクが高まるのですが、高知の場合、2~3年すれば低木層が地表を覆うようになって安定するので、皆伐地があっても説明ができると考えています。」

皆伐というと自然破壊を想起させてしまう部分があるが、総合的に判断して皆伐を選択する場面は出てくるだろう。ただし、皆伐の理由が所有者の”都合”によるものならば、皆伐を選択しないことによるメリットが感じられる仕組みがあれば良いのではないだろうか。もりとみず基金は、そんな仕組みも作ろうとしている。その仕組みについては、次回の清流通信で紹介したい。

都市と地域をつなげた「水源の定量的評価」

土佐町には山林と水源涵養の関係を数値に基づいて把握するための「水循環シミュレーションモデル」がある。今回の仕掛け人の一人、尾﨑康隆氏が中心になって構築したシステムだ。気象、地形、地質、ダム関連データ、河川流量等をコンピュータ上で統合し、3D化することで、水循環の可視化と実態把握に役立てる。「現在」を正確に把握できれば、数値に基づいた未来予測が可能になり、意思決定や対策に役立てる事ができる。

左から本山町長、高松市長、土佐町長

今回、「水循環シミュレーションモデル」によって、数値に基づいた提案が可能になり、早明浦ダムの水を利用し、渇水に悩まされ続ける高松市と「同じ船に乗る」ことができたのは大きな成果だ。「水循環シミュレーションモデル」について尾﨑氏に伺った。

尾﨑康隆氏「今までは森林施業とダム湖の貯水率の関係を説明できるデータが無かったので、そこを整備する事で問題解決の糸口が見えてくるのではと考えました。データがそろい、それを基にした説明資料ができたからこそ、今回、もりとみず基金に高松市役所さん等を巻き込み、協力体制を構築することが出来ました。

シミュレーションモデルの構築自体は、「地圏環境テクノロジー」というベンチャー企業に協力してもらいました。物理モデルというのですが、水の循環をデータ統合により解析してシミュレーションを行っています。そこで出てきたシミュレーション結果をどう評価していくのかとか、地域産業連関表という経済波及効果を把握するための統計表があるのですが、それをシミュレーション結果と組み合わせる事で、水の経済評価や流入変化にどう影響を与えるのかというところを見えるようにしました。

例えば、完全に成り行きに任せると、土佐町民が2000人くらいに減って山の手入れがほぼできない状態になった時、ダムへの水の流入量が毎年5000万㎥の減少になり、それに伴って水で成り立っている産業に毎年63億円の悪影響が出ます。このように、マイナスの影響を事前に知ることによって、『何とかしていきましょうよ』という流れを作りやすいです。」

「水循環シミュレーションモデル」の素晴らしさは、単なる水循環の可視化に留まらず、林業のような水源を保全する生業とつながりのある産業を幅広く把握し(産業連関表)、水源を保全することから生じる経済的社会的効果を数値で明確に把握出来る事だろう。

今後、四万十川流域でも高齢化や人口減少が進む。林業や稲作を通じた水源涵養がなくなった場合の生態系への影響や経済的社会的な損失を数値として把握することは、意思決定や対策を講じる場面で非常に重要になるだろう。だが、同じようなものを作ろうとしても、もりとみず基金にあって、四万十川流域には無い物がある。それは、圧倒的な下流域人口の違いだ。四万十川流域で最大の四万十市の人口でも3.1万人、流域全ての人口を合わせても9万人程度だ。一方、ダム湖の水を利用する高松市の人口は40万人にのぼり、社会的・経済的に密接な関係を有する周辺地域の人口(都市雇用圏人口)は約84万人にもなる。これは高知県全体の人口(約66万人)を大幅に上回る。そして、もうひとつの違いがダムの存在だ。尾﨑氏はダムについて以下のように述べている。

尾﨑康隆氏「ダムという人工物があったからこそ定量化が出来ました。これを作る時に気象、地形、地質、降雨量などのデータは気象庁などの公官庁にあるので、それを統合してコンピューター上で再現していますが、何が大きいかというと、ダムが早明浦の上流にも下流にもあるので河川流量を全部調べる事が出来ます。かなり出入りをクリアに抑える事が出来ます。」

このように『水と森は、ひとつ』という事を可視化・数値化し、『都市と地域をつなぐ』ことに成功したのは素晴らしい成果だと思う。ここまでの情報をもとに以下のパンフレットをご一読願いたい。

次回の清流通信でも、もりとみず基金が目指す資金循環の仕組みづくりや林業の在り方について取り上げていく。

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