左から尾﨑康隆氏・三好一樹氏・立川真悟氏

前回に引き続き、高知県の嶺北地域で「地域循環共生圏」の構築を目指す一般財団法人「もりとみず基金」についてご紹介します。事務局長の尾﨑康隆氏とフォレスターの立川真悟氏へのインタビューを中心に、そのヴィジョンや想いを少しでも皆様と共有できれば幸いです。

川上と川下の理想的な関係を築くための仕組みづくり

Q.ソーシャル・インパクト・ボンドと言われるユニークな資金循環の仕組みを構築されようとしていますが、そこの部分について教えてください。

尾﨑康隆氏「『成果連動支払い』と呼ばれる委託事業の形式があるんですけど、通常の委託事業って行政が発注者側で、『こういうことをやってください』という内容を明確にして、入札なりプロポーザルなりで手を上げてきてもらって、しかるべきところに発注していきます。役所の仕事って、その発注の内容を決めていくところが結構な内容を占めている訳です。いわゆる仕様書の作成です。

ただ、難しい社会課題みたいな話になってきた時に、何をやればそれが解決できるのが役所自体にも分からなくて、仕様が組めない状態になっているんですね。それを解消する仕組みとして、ソーシャル・インパクト・ボンドとか、それと同じようなペイ・フォア・サクセスがあります。まず欲しい成果を決めて、やり方は自由にやってください、出てきた成果に委託費を支払いますという仕組みで、イギリスで取り入れられたのが有名です。

それを日本の中でも、特に山の話にも導入していけないかなということで、今まで試行錯誤してきました。

ソーシャル・インパクト・ボンドのもう一つの特徴は、外部の資金提供者が入る事です。なので、成果連動ではあるんですけど、外側に民間の資金提供者に入ってもらって、先に事業者さんからお金を渡してもらえますので、事業者は資金確保を外部化できると言う訳です。民間資金提供者さんにとっては、成果連動で利ざやが生まれくるので、その利ざやの部分も含めて返してもらう事になるので、一種の貸付になるんですよね。

一方で成果を達成できなかった時には、事業者と民間資金提供者は痛み分けになってきます。株式会社と株主と同じような仕組みで、事業者にとっては資金を外部化出来たり、より自由な事業を行っていけるメリットがあります。

ここまで原則的な話をしてきましたが、今回、「もりとみず基金」がしたいところは、民間資金提供者の部分を、高松市内の企業の方であったり、市民の方に担っていただけないかなと思っています。事業者は、もりとみず基金で、さらに、ここから地域の林業者や山主さんや環境の事をやっている団体になります。さらに川下では、水が豊かになるという事が達成できる事で、資金提供者が求めているものを達成していけるようにしたいと思っています。

お金の話になると冷たい話に聞こえるんですけど、基本的に『同じ船に乗る』と言う事です。資金提供者は、お金を出しているだけではなくて、事業者が成果を出していけるよう後押しをしている訳です。事業として成功させていくために、例えばお得意先であったり、パートナーになるような人を紹介しつつ、事業者がより成功する事を後押ししようとする、そう言う関係性を川下と川上で築けた方がいいんじゃないかと思っています。

もっと言うと、今はもりとみず基金が中間支援としていきますが、民間資金提供者が地域の林業者と繋がっていくような形になっていく方が、理想的なんじゃないかと個人的には考えています。

なので、水源涵養に繋がる山づくりを応援したい人と、応援される人が繋がっていく仕組みになっていくと、木を伐る作業にもっと違った意味合いが生まれてくると思います。ビジョンを持って林業に取り組んでいる人をもっと応援できるように、それが日常的に収入になっていくみたいな仕組みが出来ていくともっと良いんじゃないかと考えています。

もりとみず基金が一番根っこで思っているのは、『山側の人が普通に暮らしている事自体にどういう意味があるのか』という事を、もう一度ちゃんと示したいと考えています。今、生物多様性とか土壌再生とか環境土木などいろいろな考え方が増えて、それは良い事ですが、広がりがどこまであるのか。人が全ての場所に介入して改変していく事には限界があると思います。それよりも普通の暮らしが生態系の保持に寄与していることも含めて考えていく事が大事だと思っています。

あんまり都会と田舎という二項対立にはしたくないですけど、都会の人が山で何かをやろうとすると森林保全になってしまうというのが少し歪に感じます。それが普通の林業にちゃんと投資として資金が回ってくるだけで、林業のやり方が全然変わってくると思います。

林業って単純な商売としての産業の話だけではなくて、林業がきちんと行われていること自体にいろんな価値があって、公益性が高いものでもある。だから、その公益性に見合ったものが還元されるようになるべきだと感じます。」

山を持つ意味と利益の還元

Q.山林所有者に対してはどういうアプローチを考えていますか。

立川真悟氏「私がこういう話で意識するのは、森林所有者が山を持つ意味というのがあって、林業をしやすい場所は木材で稼げばいいですが、そうじゃない場所は、針広混交林などで環境価値を高めていきましょうという話なんですけど、そこの土地を所有している山主はどうなるんだろうというのがすごいあって、その山主にもメリットがあるような仕組みを絶対考えていかなければならないと思っています。

それは山主さんに儲かって欲しいというのではなくて、山が儲からなくなったから山に関心がなくなって相続がされなくなって、誰の持ち物か分からなくなってという土地問題になるわけで、そこを防いでいくという意味でも多少でも実入りがある状態を継続させていく必要があるなと感じています。」

尾﨑康隆氏「Jクレジットもその手段の一つとして考えていかなければならないですし、山主が発行の部分を一つ一つやっていくのも現実的ではないし、もりとみず基金がそこを代行していくんですけど、それで全部解決できるかというと絶対そんな事ない。今だったら、お金が出ていくばかりですが、固定資産税分ぐらいはお金が入って、山主に損が出ないぐらいまで出来るかもしれない。」

Q.もりとみず基金で山林を所有をするお考えもあるのでしょうか?

立川真悟氏「自治体や財団が持てば話が早いかもしれないけど、土地との結びつきというか、土地を所有しているから、そこに住んでいなくても地域と繋がりが持てる事もあると思うんで、全部が全部、自治体や財団が山林を所有するというのは、個人的にはどうかなと感じています。山林所有者さんには、その方が所有して管理をしてくださっているから、結果として川下の方々にも恩恵があるというような関係性をちゃんと作っていきたいと思っています。」

立川氏のドイツ・スイス研修

立川氏は、高知市内の高校を卒業後、東京農工大学へ進学し、森林学科を専攻しています。その後、本山町の地域おこし協力隊として3年間林業に取り組み、卒隊後は役場職員として働き、「土佐本山コンパクトフォレスト構想」と言う本山町の森林・林業ビジョンを策定しています。10年以上の林業キャリアを持つ立川氏がドイツとスイスに研修に行かれたそうなので、話を伺ってみました。

立川真悟氏「去年と一昨年にドイツとスイスに研修に行かせていただきました。日本と欧米では森林の地形や仕組みも違うので、見える形で何かを取り入れるのは難しいですが、これは良いなと感じたのは、フォレスターの仕組みです。私もここで学びたいと思えるほど教育の大系が整っていて、人材育成できているところが羨ましかったです。」

Q.フォレスターは日本でいうとどれくらいの地位になるんですか?

立川真悟氏「林業者自体の地位が高いのですが、よく言われる話ではドイツの農村部では結婚したいランキング1位の職業と言われています。」

Q.診療所のお医者さんくらいでしょうかね(笑)

立川真悟氏「そうですね(笑)。お給料も公務員なのでそれなりに良いので、そういう立ち位置のようです。ドイツは車とか有名ですけど、林産業もその辺に食い込むくらい大きいので、産業の規模感から日本とは違います。でも森林率は3割くらいです。なので使える森林をフル活用していると思います。ドイツは単木材積を上げるため、林齢ではなく太さで管理しています。例えば80cmになれば伐るみたいな感じです。路網も10tトラックが入るくらいの作業道が整備されています。

スイスで学んだこととしては、森づくりの考え方みたいなところで、『近自然森づくり』という考え方があって、それを現地のフォレスターに習いました。植生や地形などの条件も違うのでそのままマネはできませんが、その考え方をこの嶺北地域に応用する場合に、まず何ができるかを考えると、ひとつは『間伐と作業道づくりを進める』ということに帰着しました。

ただ、それをこれまで通りのやり方で進めるのではなく、例えば選木の仕方を少し変えるだけで、違った森づくりができる事が分かりました。ですので、『どういう発想で選木しますか?』みたいな事を、それぞれ林業者が考える事が出来る材料は与えられるようになりたいと思っています。」

Q.最後に:理想の森づくりみたいなものはありますか?

立川真悟氏「僕は、1つの像ではないと思っています。林相や地形によって変わってくると思いますし、例えば生物多様性の観点からは、草原がある事で維持される環境もあるので、部分的には草原もあり、若い林もあり、高齢級の林もあるって言う状態が地域全体で分散して存在しているのが環境的には良いのかなと感じています。

今ある状況からどう持っていくかと言う話になるので、そこに広葉樹があるのであればそれを活かしますし、そう言う話になってくると思います。」

Q.一つだけの正解があってそれをみんなでやっていくと言うのではなくて、そういう考え方、見方を出来る人材育成をしていく事が大事と言う事ですね。大変貴重な話を聞く事ができました。ありがとうございました。

取材を終えて…

都市と地域が相互に深く理解し合い、画期的かつ地に足がついた取組が嶺北地域で始まろうとしています。そして、今回、お話をお聞きした御三方からは、それを推進していくだけの才能や情熱や想いを感じ取る事ができました。この取組が1つの雛型となって、今後、いろいろな所に波及していく事を願っています。

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