左から、自然再生担当の森さん、今村所長、森林環境教育担当の川村さん

今回の清流通信では、四万十川中流域の西土佐にある「四万十川森林ふれあい推進センター(以下、ふれあい推進センター)」の活動についてご紹介します。小さな集落にある旧・西ヶ方小学校に事業所を構えるふれあい推進センターは、四万十川流域の国有林をフィールドに、職員3名が力を合わせて、自然再生、生物多様性、森林環境教育に寄与するユニークな活動に取り組んでいます。

自然再生:森を食べつくすシカ

出典)四国森林管理局HPより:ふれあい推進センターの位置図および主な事業箇所(PDF:101KB)

四万十川流域の人工林に足を踏み入れると、目につくのがシカの食害や樹皮剥ぎです。先人たちが苦労して仕立て上げた多くのヒノキやスギのちょうど胸くらいの高さに、その跡がキズとなって残っています。用材としてもっとも価値のある「元玉」と呼ばれる部分にあたるので、その経済的損失は小さくありません。また、樹木は幹一周樹皮を剥がされると枯れてしまいます。そうやって森林が衰退することで、そこをすみかとする多くの動植物に影響を与えています。

「四万十川森林ふれあい推進センター令和5年度 年報」より転載

四万十川流域の国有林でも、シカの食害により、植林されたヒノキやスギ、またナラやクヌギなどの落葉広葉樹類が枯れてしまい、森林としての本来の機能を発揮できていない林地が散在しているそうです。また、黒尊山国有林の山頂周辺でも平成12年頃からシカの食害で灌木(低木)類やササ等の植生が衰退・消失する状況となったといいます。こうした状況を改善するため、ふれあい推進センターは、自然再生に取り組んでいます。

植生回復した滑床山「四万十川森林ふれあい推進センター令和5年度 年報」より転載

今村さん・森さん:「植林してもシカが苗の上部を食べてしまい、伸びることが出来ず盆栽状態になります。若木の時にシカに皮を剥がれてしまうと直通にならず先端に向けて痩けてしまい、『ずんぐりむっくり』になります。そうなると木材の価値は下がってしまいますので、単木保護材で1本1本覆っていましたが、その際に温室状態になって蒸してしまったりなど、生長の妨げとなる場合もあるので、途中で保護材の取り外しやラス巻きへの変更が必要となります。

食害や樹皮剥ぎを防ぐために、シカが侵入できないよう柵や防護ネットを設置しています。最初の頃は谷とか尾根で分けていなかったので、ネットの管理自体が厳しい状態でした。今は地形に合わせ分割配置する型で設置して、土砂や落下した枯損木で破れたり倒されたりしないように、また管理しやすいように谷と尾根で分けたりと、経験値を積んで管理をしやすくしています。シカの個体数を減らすために、猟友会に委託して頭数調整も行っています。現在では、ミヤコザサの植生が回復し、スギ・ヒノキの造林木が育つようになってきています。

防護ネットは、設置して終わりではありません。倒木や台風で倒れたりするのでメンテナンスが欠かせません。しかし、総面積9.25ha、ネット延長5,620mもあるので一筋縄ではいきません。そこで関係各所の若手職員を借りて手伝ってもらったり、登山者とのふれあいを通して情報交換を行い、多くの人の目を通して維持管理を行っているそうです。

今村さん・森さん:「防護ネットの見回りは最低でも月に1回は行い、台風や大雨の後などにも見回りを行います。国有林は国民のためのものですから、開かれた森づくりを心がけ、登山している人や団体に対して、情報交換やふれあいや対話を重要視しています。例えば、防護ネットが壊れているところは無かったかお聞きしたり、ネットの中にシカが入っていても逃さないでくださいとか、危険ですので近寄らないでくださいとか、こういうササがシカに食べられてこういう風になっていますと写真を見せたりなど、地道な活動をしています。」

「四万十川森林ふれあい推進センター令和5年度 年報」より転載

その他の自然再生の取り組みとして、高知県高岡郡四万十町(旧幡多郡十和村地区)の「大道マツ」は、マツクイムシの被害により壊滅的状況にあったことから、林内に再生試験地を設け、「大道マツ」の後継樹の育成に取り組んでいるそうです。

次世代を担う子供たちへの森林環境教育

今村所長ご自身が描かれた森林の説明用イラスト

ふれあい推進センターでは、次世代を担う子供達に、森林が持っている様々な働きや大切さや恵みについて理解してもらう森林環境教育にも取り組んでいます。

自作のイラストで自らを「フォレストレンジャー」と称し、森のお仕事を説明中

今回の取材では、西土佐小学校の児童の皆さんとの八面山(四万十川の支流・目黒川や黒尊川の原流域になる)登山体験にも同行させていただきました。残念ながら、登山口に到着時、風速10m以上の強風で、あたりはガスが発生して視界も良くありません。しかし、こうした自然の急激な変化そのものを体験してもらうのも醍醐味のひとつで、「臨機応変」「ケースバイケース」が大切だと言います。

気圧の変化により膨らんだお菓子の袋を見せる川村さん

今村さん・川村さん:「体験登山では、登山道にあるブナやミズメなどの木肌に触れ、樹皮の匂いを嗅いだり、土や落ち葉に触れたり、五感を通した体験を楽しんでもらっています。また50種類くらいあるネイチャーゲームを、子供達の反応を見ながら臨機応変に行っています。ネイチャーゲーム「フィールドビンゴ」では、森の中で1分間、耳を澄ませてもらいます。するとキツツキがトントンと木を打つ音が聞こえたり、遠くから船の音が聞こえてきたり、風の音、虫の音など幾つもの音が聞こえてきます。

また、音が聞こえた方向を画用紙にイラストにしてもらったり、太陽が登る方向から東西南北がどこになるか考えてもらったり、1000m級の山に登ると気温も100m毎に0.6度下がるので、気温の変化も体感することが出来ます。他にもお菓子の袋がパンパンになる事で気圧の変化を感じてもらったり、風による体感温度の変化にも気付いてもらえます。こうした実際に見たり、触ったり、匂いを嗅いだりと五感を通した記憶に残る自然体験を心がけています。

この日の登山は登山口までで断念し、ふれあい推進センターに戻って、森林土壌に棲む微生物の働きについて学習する事になりました。児童一人一人がまるで博士になったように夢中で顕微鏡を覗き込み、土中の生き物を観察していました。

実体顕微鏡を使って土壌の微生物を観察中

生き物を発見した児童は「おったー!」と興奮しながら、まるで新種の生き物を見つけたかのように、それをスクリーンに映し出し、他の児童に誇らしげに自慢していました。

児童からは「楽しかった」「小さな生き物が見れて良かった」など好評を得ていました。今村所長も「ここから未来の博士が誕生するかもしれない。」と嬉しそうにしていました。

こうした自然体験や見たこともない世界を知る機会は、森林や自然、自分たちが暮らす四万十川支流の源流域への関心や愛着を深め、ひいては将来の自然保護へとつながる礎になっていくことでしょう。

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近年、自然の中で自由に遊んだり、五感を通して自然を感じたりする機会が減り、「自然欠乏症」という病があるくらいの問題になっています。自然体験を十分に体に貯める事なく大きくなってしまった大人が大半を占める社会は、果たして健全な社会を持続していく事ができるでしょうか。

感性豊かな子供達に自然体験を提供していく事は、林業従事者の高齢化や減少に歯止めをかけるためにも、また未来の森林の担い手確保にもつながっていく事でしょう。森林環境教育への思いを伺ってみました。

今村さん・川村さん:「森林環境教育の目的は、将来の森林(もり)の応援団を作ること、つまり森林林業の担い手になってもらったり、木を使ってもらう事です。私たちや四万十川財団さんがこういう事をやらなければ、森林や川に興味を持つ子供が一人も育たないという事もあり得ます。こういう状況下では、そういった子供が一人でも育てば、効果があったという事になります。子供はどこがきっかけで勉強し出すか分からないので、目先に囚われず、子供たちの将来のきっかけ作りにしていただければと思っています。また、子供の方が発想が豊かなので、一緒に学ぶという事を大切にしています。」

四万十川を良くする森づくりとは?

最後に今村所長に「四万十川を良くする森づくりとは?」という難しい質問をぶつけてみたところ、「森林の多面的機能ですね。人間は自然と共生していくしかない、これを理解してもらう事しかない。」と返ってきました。

森林の多面的機能とは、国土の保全、水源の涵養、地球温暖化の防止、生物多様性の保全、木材等の林産物供給など、大きく8つに分類されています。詳しくは下の表をご覧ください。

林野庁HP:森林の多面的機能より抜粋

どうして、この森林の多面的機能が四万十川を良くする事につながるのか。例えば、下の絵図の「森林の国土保全機能」を見てみると、森林が完全に荒廃してしまうと流出土砂量が1haあたり年間307tにもなります。もちろん、流出した土砂は、四万十川に流れ出て、生き物の住処を奪ったり、水質を悪化させたり、土砂で河床が上昇する事で洪水の原因になったりする事もあるでしょう。逆に森林としてきちんと機能している場合、流出土砂量はわずか2tです。その差は、150倍以上にもなります。

林野庁HP:森林の多面的機能より抜粋

また「森林の水源涵養機能」を見てみると、裸地の1時間あたりの浸透能は79mm/時間、一方、森林としてきちんと機能している場合は、258mm/時間でその差は、約3.2倍にもなります。浸透した雨は、時間をかけて地下水や伏流水となり川に浸み出し、日照りが続いたとしても川の水量を維持する役割があります。逆に浸透せず表層を流れた雨は一気に川に集まり、急激な増水につながる事が想像できます。

林野庁HP:森林の多面的機能より抜粋

ふれあい推進センターでは、こういった森林が持つ機能を、子供たちが実際に目で見て理解できるように、「木がある山」と「木がない山」を再現した模型を使って、水の土壌浸透実験も行っています。今回は残念ながら実験の様子を見る事は出来ませんでしたが、広報誌には以下のようにあり、確かな効果を感じます。

「四万十川森林ふれあい推進センター令和5年度 年報」より

観察を進めて行くと、荒廃地を再現した「木のない山」は、早い段階で土砂が流され、斜面に置いた模型の家や車が流されたのに対し、「木のある山」は、森林に見立てた木々の模型、敷き詰めた落ち葉や腐葉土がクッションとなり、雨水による土の侵食を防ぎ、雨水を土の中に蓄える事で、時間が経過しても見た目の変化が起こりませんでした。最後のふりかえりでは全員が、「木のある山の方に住みたい」と答えてくれました。「四万十川森林ふれあい推進センター令和5年度 年報」より転載

こうした森林が持つ多面的機能について流域全体で理解し、持続可能な社会づくりや四万十川の保全につなげていく事、そのための下地作りとして、流域の子供達の心身に豊かな自然体験を貯めて行く事が重要だと感じました。

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