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さて、今回は津野町にある民宿長寿庵をご紹介します。津野町の重要文化的景観の重要構成要素にもなっている口目ヶ市集落。仁淀川町との町境に位置していて、傾斜地に建てられた家屋と茶畑の風景がなんとも美しい集落です。そんな口目ヶ市集落で民宿長寿庵を営んでいるのが、本川仁美さん、彰次さんご夫婦。2006年からお宿を始めて今年で19年目を迎える長寿庵ですが、数年前、民宿廃業の危機が訪れました。そこから見事復活を果たし、今も変わらず四万十川を訪れるたくさんの観光客をあたたかく迎えています。今回はそんな民宿長寿庵の軌跡をご紹介いたします。
長寿庵はじまりのきっかけ
長寿庵を営む建物は、女将である本川仁美さんの生家。築300年を超える古民家で、茅葺きの名残を感じられる傾斜のある屋根や、囲炉裏に五右衛門風呂など、かつての農家住宅の特徴が色濃く残る趣のある建物だった。昔はどこにでもあった古民家も今では珍しい。そんな貴重な生家を後世にも残したい思いからお宿を始めたという。
「お宿を始めたきっかけは築300年の古民家を子どもや孫の代にも残していきたい、そう思ったからです。ここは長く両親が暮らしていましたが、空き家になり、私も年に数回掃除に来るくらいでした。でも囲炉裏で火をたかなくなったことで、だんだん家が傷んでいっているのを感じ、この家を利用し続けなければいけないなと思ったんです。そこで、19年前に早期退職し、少しずつ建物を改修しながら民宿をスタートさせました。囲炉裏のあるお宿は珍しいので、開業当初から多方面で注目していただけたのはよかったですね。」
四国カルストの麓にあり、四万十川の裏源流、北川川がすぐそばを流れる自然豊かな場所に宿を構える長寿庵。国道から上った高い場所にあり、目の前には四万十川の源流のある不入山(いらずやま)がそびえている。眺望もよく、周囲の山の緑と澄んだ空気がとても気持ちいい。1品1品丁寧に仕込んで作る仁美さんの料理はどれも絶品で、囲炉裏を囲んで楽しくおしゃべりしながら食事を楽しみ、五右衛門風呂で疲れた体を癒す。囲炉裏の煙で真っ黒に燻された壁や柱が、建物の味を一層引き立て、築300年の歴史を感じさせる、とても魅力的な建物だった。しかし、そんな長寿庵を悲劇が襲った。
火災に見舞われ母屋が全焼
2021年4月15日の夜、突然母屋の五右衛門風呂の付近から火が出た。その日ちょうど宿泊客はなく、本川さんご夫妻だけだった。母屋で寝ていたお2人は火災報知器の音で飛び起き、着の身着のまま外に飛び出したそうだ。消火も試みたが火の勢いは衰えず、守り続けてきた家屋が燃えるのを見続けることしかできなかった無念は、計り知れない。消防隊も駆けつけ、必死に消火活動が行われたが、母屋は全焼してしまった。幸いにもお2人にケガはなかったが、家具やお宿の道具も全て焼かれ、なにより守り続けてきた家がなくなってしまったことに、ひどく落胆したという。
「火災の直後はひどく落ち込み、これからどうしたらいいのか分からず、宿を再開しようと考える余裕もありませんでした。しかし、娘夫婦にここでやめたらいけないと、私たちがあとを継ぐからお宿を再開しようと激励されたんです。また、周囲の人々の助けも力になりました。火災の直後、四万十川すみずみツーリズムのメンバーがお見舞いに来てくれ、さまざまな物資を届けてくれました。必要なもののリストを作ってと言われ、最初は必要最低限のものしか書き出していなかったのですが、これもいるでしょ?あれもいるでしょ?と気遣ってくれて、家電に草刈り機や七輪などなど、本当にいろんなものをお願いしました。すぐに会員間で共有してくださり、いろんな方が必要なものを届けてくださって、励ましの言葉をかけてくださいました。すみずみだけでなく、地域の方々にも助けられ、スーパーに行っても、美容室に行っても、火事で大変なんだからと無料でサービスを提供していただくなど、本当にたくさんの方に助けていただきました。こんなに応援してくれている人がいる、励ましてくれる人がいることがわかったからこそ、ここでやめるわけにはいかないと感じ、お宿を再興することを決意したんです。」
長寿庵には、開業当初から四万十川すみずみツーリズム連絡会(略称:すみずみ)に加盟していただいており、長く四万十川流域の観光促進にご協力いただいている。そんな一緒に頑張ってきた仲間が火災に見舞われたと知るや否や、いてもたってもいられず、会員各自で情報収集にあたり、物資を届けたり、必要なものリストをまとめたり、本川さん夫妻をサポートしようとみんなで動いたことを覚えている。すみずみは小さな団体ではあるが、素晴らしい大きな力を持った団体だと感じた。そんなすみずみの行動が当時の本川さんの支えになれたのなら、これほど嬉しいことはない。
長寿庵の再建に向けて
多くの人からの支援を受けて、お宿の再興を決意した本川さん。4月に火災が起こり、5月には建築の講習会に参加していたというから、そのバイタリティには驚かされる。
「娘夫婦に誘われ、2021年の5月・6月に土佐派の家づくり講座に参加しました。そこで、家づくりの基礎を学びながら、再建への想いが強くなっていったんです。建てるなら、かつての長寿庵のような、地域に合った家を建てたいと思い、土佐派の家を推進している方々に再建をお願いすることにしました。建てるにあたっては、自分たちなりのこだわりがありました。1つは、自分たちの山の木を使って建てるということ。うちの山がちょうど70年生で一番切るのに適した時期だったこともあり、その分費用はかかりますが、先祖が残してくれた木を使いたいと思いました。2つ目は、かつての家の形をなるべく継承することです。間取りも大きくは変えないこと、茅葺きの屋根の高さにすること、屋根の高さを活用した2階部分も作ることなど、古民家の家の造りを大切にすることにこだわりました。3つめは、なるべく地元の材料を使うこと。障子は土佐和紙、畳は土佐市など、資材はできるだけ高知県内から集めるようにしました。職人についても、地元の大工さんや左官屋さん、電気屋さんなど、地元で活躍されている方々にお願いしました。人も物も地域のものを使って家を建てたいという思いが強かったですね。最後4つ目が、大事なのはこれから300年残る家を建てるということです。さまざまな職人さんの協力もあって、伝統的な工法も使いながら、地域に合った後世に受け継がれる家ができたと思っています。4月に火災があって、5月には家づくりの講習会に参加、9月には設計を始めて、12月には木を切り出していたので、再建までのスピードは本当に早かったですね。」
(長寿庵再生までの建築作業はYouTubeで紹介されている。興味のある方はぜひご覧いただきたい。)
☞ 民宿長寿庵再生計画 (土佐の鯨の家創り情報館)
仁美さんは長寿庵の再建作業中、お宿ができないならと、アトリエを改装して「喫茶ふくろう」をオープンさせているからさらに驚きだ。すみずみの会員の間でも、本川さん夫妻のことを心配していたが、喫茶店を開店すると聞き、みんなで杞憂だったと感心したことを覚えている。お宿を再開した今も、喫茶ふくろうは営業中。昼食は要予約だが、軽食やコーヒーなどはいただけるので、気軽に訪れてみてほしい。
こうして、長寿庵は2023年2月に落成、同年4月にお宿を再開させた。火災からわずか2年という驚くべきスピードで復活を遂げたのだ。
今の時代、ハウスメーカーが建てる家が主流で、かつてのような日本家屋を建てるという選択は少なくなっているのではないだろうか。同時に、伝統的な技術を継承する人も高齢化で少なくなり、そもそも日本家屋を技術的に建てられなくなってきているのではないかと思う。その意味でも、伝統的な技術や、地域の人や素材にこだわった長寿庵は、貴重な建物なのではないかと感じる。
「以前からのお客様にも、励ましの声をいただいており、再開を喜んでいただきました。変わらずお泊りに来てくださる方も、食事に来てくださる方もいらっしゃるのがとてもありがたいですね。また、木の家は落ち着く、木のにおいがする、温かみが違うといった声や、自分も持ち山の木で家を建てたいと仰ってくれる方もいらっしゃいます。そういうお声を聞くと、こだわってよかったなあと思いますね。」
四万十川流域の観光促進を
さて、上でも紹介したように、長寿庵には四万十川すみずみツーリズムに加盟していただいており、本川さんご夫妻には、長く四万十川流域の観光促進にご協力いただいてきた。これまでも多彩なアイデアですみずみを引っ張ってくれ、時代にあわせた観光の戦略を一緒に考えてきてくれた流域の観光促進には欠かせない人だ。そんな本川さんには、今後も取り組んでみたいことがたくさんあるのだという。
「1日1組限定のお宿として営業していますが、それだけでなく、普段の私たちの生活を活かした地域ならではの体験メニューを提供することで、津野町の観光促進のお手伝いをしていきたいと考えています。今回はもう終了しましたが、津野町が行っている『つのつねづね』という体験イベントで、冬の山菜取りと五右衛門風呂の体験を実施しました。こういった機会を活かして、津野町の魅力を知ってもらうとともに、長寿庵のPRにもつなげていきたいですね。地域の日常を体験するというのは、観光客の方にとっても特別な体験になるんだと思います。先日はオーストラリアからのお客さんがいらしていたので、三味線を披露して、一緒にしばてん踊り(高知のお座敷遊び)を踊ってもらったんです。それがとても楽しかったようで、これまで日本には何度も来ているけれど、今日が最高の体験だったと言ってくださいました。外国の方に日本の文化を楽しんでもらえると、最高の体験になるのだと、これからますます海外の観光客が増えていく中で、そういった体験が大事になってくるのだと感じます。
また、すみずみの活動でいうと、四万十川の保全にかかわる活動も会を通してみんなでできないかなとも考えています。例えば清掃活動に参加する、清掃への参加が難しければ、炊き出しを担当して協力するなど、できることはいろいろあるんじゃないかなと思うんです。他にも、泊り付きで四万十川の源流から河口までを巡るツアーをしてみたいですし、観光業者だけじゃなく、環境団体や漁師など四万十川に関わるいろんなジャンルの人が集まって交流できる場があると、いろんなアイデアが生まれてとても面白いんじゃないかなと思います。」
このように、本川さんとお話していると、やってみたいことのアイデアがたくさん出てくる。それだけ、津野町の、そして流域の観光にかける思いが強いという証拠だろう。
70歳を超えてもなお、バイタリティ溢れるお2人。仁美さんと彰次さんに会いに、ぜひ民宿長寿庵を訪れてみてほしい。