
天然のスジアオノリや養殖のアオサノリの不作が続く四万十川。この状況を打開すべく、四万十市下田の漁港近く、新たにアオノリの陸上養殖施設がつくられた。手掛けたのは、四万十市でノリなどの加工・販売を行っている加用物産の加用祐都さんだ。32基の水槽を設置し、地下から海水を汲み上げ、生育に応じてアオノリを水槽に移し替え養殖を行っている。加用物産の創業は明治40年。加用さんは「四万十のノリが無くなってはご先祖さんに申し訳ない。自分がやるしかない!」と覚悟を決めたそうだ。総費用はおよそ5000万円。国と四万十市が約半分を補助し、世界最先端の陸上養殖の技術・ノウハウを高知大学が支援している。消滅危機にある海藻復活へ向けた産学官連携プロジェクトでもあるのだ。

加用「この事業を任されて、事業計画を立てたのですが、タンクを組み上げる人とか設置する人がいなくて、お金もカツカツだったので、自分でやろうと思いました。真夏にブロックを690個運んで、タンクを組み立てて、そりゃ苦労しましたね(笑)。高校生みたいに日に焼けて真っ黒になりました。増設ができる場所という事でここを選びましたが、増設するときはもうやりたくないです(笑)。」

加用さんは近畿大学工学部を卒業後、地元の測量会社に就職し、そこで用地関係や設計を学んだ。その経験が陸上養殖施設を作る際にも活かされたそうだ。「用地の所有者を調べたり、占有許可や土地売買の交渉もしたりと、前職の経験が役に立ちました。なんとかここまでこぎ着けた。ここからがスタートです。」と力強く語る。
陸上養殖はのアオノリは、年間通して生産できる。地下10mから海水をくみ上げ、夏場でも冷たい水が使える。しかし、そこにはシビアな問題もあるという。
加用「夏場は、タンクの水温を下げるため地下海水をたくさん使うようになります。夏場に生産できるように、条件に合う土地を選びましたが、どれくらい水がいるのかとか、どれくらい水温が上がってくるのか、まだ稼働したばかりなので、未知数の部分があります。あと、この水でアオノリが本当に育つのかという試験を行います。そこで失敗してしまうこともあります。この場所は運よく一発で成功できましたが、上がってくる水が濁っていてアオノリが真っ黒になったところもあります。また試験で良くても本格化した後で、調子がおかしくなる事もあります。なので水にはとてもシビアです。」
Q.年間の生産量はどれくらいですか?
加用「この施設では年間2tのアオノリ生産を予定しています。そのまま売るとすぐ無くなってしまう量なので、他の商品に添加して、品ぞろえを増やしています。『つまみのり』という商品は、お寿司のノリで使われる原料のアマノリをフレーク状にしたものとアオノリをブレンドした商品ですが、これが一番人気でひと月に3万袋も売れます。こんな商品みたいに爆発的に売れた時に2tだとすぐ売れてしまいます。」


加用物産は、明治40年創業のノリ問屋。言わば、ノリの品質に関して、プロ中のプロだ。プロから見て陸上養殖のアオノリの品質はどうなのだろうか。
加用「川だと栄養が不足して色が出ないことがあります。色が出なければ商品としての価値が落ちます。ノリの品質は、色と艶と香りとくちどけで決まります。陸上養殖のノリは、正直言うとまだ固いので、もっと柔らかくして、くちどけのいいものにしたいです。あとアオノリは、細い方が高級です。うちのノリは細くなります。幅が出なくて良いですが、モジャモジャともつれたり、縮れたりする時があります。これをもう少しツルッと真っ直ぐに育てる事が課題です。」
下の動画は、タンク培養に特化した種苗が漂う様子だ。高知大学が特許を保有している。成長段階に合わせて、1週間ごとに3種類のタンクを移動していく。3週間かけ、最大で30cm程になるという。この種苗のお陰で作業効率が良く、手間も省けるそうだ。
加用「アオノリは、どこかにくっついてないと品質が悪くなります。タンクの壁面に着けると、体積じゃなくて面積勝負になってしまい、効率が落ちます。種は高知大学がストックしている四万十川の種を使用していますが、高知大学の技術で、一つの個体に何十個もアオノリが付いています。この技術のお陰で、タンク間の移動も楽になりますし、採集は、排水口に網を取り付け、こし取るだけで済みます。天然アオノリのように手間のかかる石からちぎり取る作業もありませんし、ノリ同士くっつけているだけなので、そのまま全部食べられます。」
Q.施設がスタートして社員の皆さんの反応は?
加用「常に忙しくて、はしゃいでいたという事はないですが、四万十産のアオノリが売れるので、営業マンは売りやすいと思います。施設で働いている方は、小さい青のりが可愛らしいのでキラキラした目で楽しそうに見つめている人もいますよ。」
天然アオノリにも明るい兆し 漁師が戻ってきた竹島川
続いて陸から河口部に目を向ける。不漁続きだった天然アオノリが採れているという話を聞きつけ取材した。漁師たちに声をかけたという辻祐人さんに話を聞いた。下の写真は、四万十川の支流・竹島川で実際に漁をしている様子だ。



辻「アオノリのサイズが15㎝くらいでも今後伸びていくかどうかある程度判断できます。高知大とのプロジェクトの一環で、いろいろ見て回って、いけそうだったんで『取りに行ったらどうですか』と漁師さん達にお知らせしました。調子よく伸びてくれると、質量ベースで1.2~1.6倍に生長します。日間成長が早くて1日で長さが60cmだったものが80㎝になったりします。川の環境さえ良ければ一気に伸びます。」

だが、そこにもシビアな問題もあるという。アオノリは2週間ごとに分水嶺に立たされ、そこで流れが変わると一気に取れなくなるというのだ。
辻「不漁の年は、アオノリの先端が白髪のように真っ白になります。細胞壁だけ残っている状態です。アオノリの先端は筒状になっていて、子どもを作るのを止める物質が入っています。それが溶け出して止まらなくなるのです。これが出だしたら子どもを作っているんで、アオノリは短くなる方向に行きます。現在の感じだと、全体的に子どもを作ろうとしているよりかは、伸びようとしている感じです。2週間ごとに大潮がきて、アオノリ達にとって子どもを作りやすいチャンスが来ます。そこで、アオノリがまだ子どもを作らない選択をすれば、漁期が2週間延びます。入り組んだ自然環境の中で、アオノリは子どもを作る方向に行くのか、伸びる方向にいくのか悩んでいます。よく観察して、今後アオノリが生えてくるのか、ある程度判断してお知らせしています。」
アオノリが取れるかもしれないという一報を受けて、漁師さんたちが川を見るようになり、取り始めてくれて良かったと話す。しかし、これで完全復活とはいかず、これまでアオノリが取れなかったことが悪循環をうみ、後継者不足や川離れに繋がっているそうだ。今後、安定的に漁ができることを期待したい。
辻「今回みたいにアオノリが取れ出すと、川を見る人が増えてきます。ただ、これくらい取れない期間が続くと、新規で始める人もいない。昔から道具を持っていて、技術がある人しか残ってない。で、自分の子どもにやらすかというと、こんなに取れない時期があっては当てにならんですし。お金にならないのに、川を見て回る事もしなくなる。昔は、川に行ったらアオノリが生えていないか偵察に来ている人がいっぱいいましたよ。」
次に、天然アオノリ漁について教えて頂いた。

岩瀬「このアオノリ掻きで、石に生えたアオノリをくるくる巻き付けて、石をすごいて(しごいて)取り除く。原理は簡単だけど、上手にやる人と下手にやる人とで、後の仕事量に差が出るね。」

採集後は、水道水で洗う。潮で洗った方が重量が増えるが、ノリが「カピカピ」になるそうだ。「フワフワ」なのが四万十のアオノリ。洗いの後は、北風に当てて乾燥させる。ここで注意点があって、「沖から風が来るといかんぜ!」と岩瀬さんはいう。不思議とノリが白くなっていくらしい。沖から風が吹くと、乾いていなくても取り込まなくてはいけない。風の当たらないところで、箙に干しておくと、不思議と白くならないそうだ。良いものを作りたくて漁師さん毎にこだわっているという。
採集に2時間。洗いに2時間。乾燥に半日。乾燥後は10分の1の重さになり、漁協が1kgあたり15000〜20000円で買取ってくれる。かなりの重労働になるうえ、高齢化が進み、漁師も少なくなってきたと話す。

最後に乾燥途中の天然アオノリを味見させてもらった。「半乾きなので口に残りますが、口の中に香りが広がる。同じスジアオノリでも四万十川のアオノリは1mm以下の細さで食感が良く風味が立ちやすい、他の産地では幅が10mmくらいあったりします。」と辻さん。
消滅危機にあった四万十産のアオノリ。ここへ来て四万十川水系の地下水を使用したアオノリの陸上養殖施設ができ、竹島川には天然アオノリが生え始めた。四万十産の海苔に見え始めた明るい兆しに今後も注視していきたい。