いつも清流通信をご覧いただきありがとうございます。今年は全国的に桜の開花が遅く、開花を待ちわびた方も多いのではないでしょうか。もうソメイヨシノは散ってしまいましたが、ソメイヨシノが散ったころに見ごろを迎えるのが、八重桜です。八重咲の桜で、花びらが多くとってもボリューミーで華やかなのが特徴ですが、そんな八重桜を地域の新しい特産品にしようと、14年前に一人の女性が活動を始めました。今回は、八重桜を使ったスイーツで世界に梼原の魅力を伝えている、株式会社SAKURA clubさんをご紹介します。
八重桜との出会い
今回お話を伺ったのは、株式会社SAKURA club代表の中越孝子さん。中越さんと八重桜の出会いは25年前。きっかけは当時勤めていた職場でのあるミッションだったと言う。

「当時、地元のJAに勤めていたんですが、そこで上司から『新しい加工品を作る』というミッションを受けました。最初はアイデアが思い浮かばず悩みましたが、仕事柄、農家さんのご自宅に伺うことも多く、その時に八重桜がきれいに咲いているのが目に留まりました。そこでふと、これで何か作れないかなと思い、JAの女性部の方々に、桜茶を作ってみないかと相談してみたんです。それからしばらく経ったある時、1グループの方が試しに作ってみたよと塩漬けを持ってきてくれて、それを試飲してみたら、さくらの花びらがひらひらと咲いてきて、とっても 見栄えがよかったんです。その時、これはいける!特別な桜茶としてブランド化しよう!と同時に、自立型女性部グループとしての活動にしようとなりました。」
収穫や製造、販売は女性部が中心になって行い、中越さんはJA事務局として事務や営業を担当した。販売を続けるなかで、少しずつ外部からの問い合わせも増えてくるようになったが、家族の介護で時間が取れないなどもあり、女性部の活動だけで新たなニーズに対応していくのには限界があったという。そこで活動をさらに促進させていくため、JA退職後桜の将来を託されて2011年に中越さんお1人で桜clubを設立。新たなスタートを切った。
桜 clubの設立
「もう一つのきっかけは、東日本大震災が起こり、大工だった夫の仕事は資材が入ってこないため工事ができないので収入も減るなかで、子どもの進学が決まり、学費をどう工面しようかという状況だったんです。その頃はJAを退職していて、歯科衛生士の仕事をしながら、商品開発に取り組みました。わたしは思い立ったらとにかくやってみるというのがモットーで、やってみて、失敗して、またやってみての繰り返しでした。そうして作ったのが桜のジャムです。最初は作り方も知らなかったので、見本商品の食品表示から原材料を探り、それを参考に独自に工夫しました。作るなら誰も作らないものを作りたいという想いがあったので、材料もなるべくオーガニックのものにこだわるなど、味はもちろん、見た目にもこだわって作りました。 こうして出来上がったジャムを、町の補助金を活用して販売していましたが、ジャムは桜シーズンしか売れなかったのもあり、それだけでは収入が足りないので、もともと好きだったお菓子作りを活かして、ケーキや焼き菓子の受注販売も始めました。どちらかと言うとケーキがSNSでバズって、注文を受けるのが多かったですね。」
歯科衛生士もしながら、ケーキも作りながらジャムの販売と、3本のわらじで頑張っていた中越さん。多忙を極めていたであろうことは容易に想像できる。それでも「どうやったら梼原の桜の知名度を上げられるか、地域の活性化につなげられるか」を考えて、やれることにはなんでも取り組み、大学の食品産業人材育成事業や県のセミナー、商談にもたくさん参加したという。そこから人とのつながりが生まれ、そのつながりが桜clubの発展に大きくつながったと中越さんは話す。
「いろんなセミナーや商談に参加することで、大学の先生など専門家の方々と交流する機会が増え、アドバイスをいただけるようになりました。そんなある時、ジャムの品質改良を専門家の方に相談すると、粘度を調整する添加物を天然成分に変更するようにアドバイスをいただき、県内産の無農薬のレモンを使用するようになったんですが、レモン果汁だと上手に固まらず、ジャムのような粘度が出ないという課題がありました。するとある先生から、『ジャムじゃなくて、コンフィチュールと言う方が合うんじゃないか?』という意見をいただいたんです。当時はコンフィチュールというもの自体初耳だったんですが、とにかくやってみようと思い、専門家に意見を伺いながら試行錯誤で作ってみました。何度も試作して、ついに先生から「これだ!』という言葉をもらえた時は嬉しかったですね。桜 clubを設立してずっとジャムを作り続けてきましたが、9年目にしてコンフィチュールに切り替え、その後もプリンやシロップなど、新商品の開発の他、企業とのコラボ商品の開発にも取り組んできました。そうしてできた商品をコンテストに出品すると、ありがたいことにグランプリや審査員特別賞をいただくことができ、それがきっかけでメディアに取り上げてもらえたり、海外との取引も本格的にはじまりました。今ではフランスやシンガポール、マレーシアなど、さまざまな国の方とやり取りさせていただいており、特に海外の方は八重桜を知らないことも多く、インパクトが大きいようです。おかげさまで、今は年間を通して商品を作っているので、5年前からはケーキの販売も減らして、桜中心で営業しています。」

(画像:株式会社SAKURA club)

地域の活性化に
こうして世界にまで届くことになった梼原町の八重桜。14年に及ぶ中越さんの努力と地域への想いの賜物だ。それでも最初は地域からの理解を得られないことも多く、苦しい思いもしたという。最初の頃は桜を摘んでいると、不審に思われて毎日違う軽トラが監視に来たり、「地域の花見の場所を台無しにするのか」と批判されたこともあったそうだ。もちろん桜の所有者には許可を得て摘ませてもらっているが、地域の人からは最初はなかなか受け入れてもらえなかった。それでも、地域の特産品として根付いた今は批判もなくなり、協力してくれる人も増えてきたという。


「私たちが使っているのは、個人が所有・管理している桜です。八重桜は卒業や結婚などの祝い事の際に記念樹として植えられたそうで、農薬を使わず大事に育てられてきたものばかりです。そういった個人の方にとっても大切な桜を使わせていただいているので、少しでも無駄にしないことを大切にしています。初めの頃は形がきれいじゃなかったり、花が小さいものは選別の時点で廃棄していました。それがもったいないなと感じていたところ、ある企業から加工できるような桜があれば譲ってほしいと問い合わせが多くなり、桜と果物のスムージーにしていたんです。こういう活用方法もあるんだと気づいたことから、桜を使ったプリンを作ってみようと思い、専門家の方々に相談すると、売り手側が欲しいプリンを作ろうという話になって。プリンの概念を覆す、 卵を使わないものを考えてみようということになりました。これもかなり悩みましたが、行きついたのがお米を使ったプリンです。無農薬のお米を使うことにこだわり、お米の甘みと桜の香りも感じられる桜ジュレプリンは、『にっぽんの宝物グランプリ』の全国大会で準グランプリをいただくことができました。また、桜を煮詰めたときに出た煮汁は、シロップにして販売するなど、余すことなく桜を活用しています。
桜を育てているのは個人の方なので、今は1キロ1000円で買い取らせていただいています。少しでも地域にお金が落ちて、地域の活性化につながることを目指してきました。初めの頃は大事に育てた桜を摘むなんて!と怒る人もいましたが、今では周囲から特産品である桜を育ててきたことを褒められるそうで、本人もそれが誇りになっているそうです。実績を積むことで、少しずつ地域からの理解も得られ、地域の人に喜んでもらえるようになってきたのが、なにより嬉しいですね。」
今年も桜のシーズンがスタート!
取材に伺ったのは4月7日。例年であれば4月頭に咲いているはずの桜は、今年はまだ咲いていなかった。今年の梼原は2月に大雪が1週間続いたほか、3月に入っても気温が上がらず、寒い日が続いていたためだ。ようやく開花したのは取材から3日後の10日のことだった。
「この時期になると、桜が咲かないかとまだかまだかと気分が高鳴りすぎて夜も寝れない程です。午前中咲いてなかったのに午後には咲いていたり、 それも一気に咲いたりするんです。今年はつぼみは膨らんでいるのに、なかなか咲いてくれないのでちょっとじらされました(笑) 収穫から保存まで、その日のうちに済ませるので、桜が咲いたら大忙しです。朝から作業して、終わるのが日付を越えて2時・3時になることもあり、ほぼ寝ずの作業になります。それでもこの時期にしかできないことなので、みんなで力を合わせて一気に終わらせるという感じですね。去年までは50キロ作っていましたが、今年は100キロを目指しています。初めてなので、どれくらい大変な作業になるのか想像もつかないですが、頑張ります。」
開花から6日後の16日、桜の収穫に同行させてもらった。この日はテレビ局の取材も入っており、注目度の高さがうかがえる。向かったのは梼原町南部の大向(おおむかい)集落で、 八重桜が一番早く咲くのだそう。ちょうど満開を迎えた八重桜は、濃いピンク色の大きな花をたくさんつけていた。この日は中越さんとスタッフ3名の計4名で行われ、朝9時30 頃から開始して、午後まで収穫するという。収穫は手作業で行い、手が届く範囲の桜を花柄からちぎって採っていく。みなさんこの作業が楽しくてたまらないそうで、笑顔で収穫をしていたのが印象的だった。開始から1時間程で、1個半のコンテナが満杯に。わたしも収穫作業を体験させてもらい、30分程度でかご一杯に桜を集めることが出来た。収穫作業のはずなのに、桜に囲まれながらお花見を楽しんでいる気分で、とても癒される体験だった。 この体験をしたいと地域外から来られる方も多く、先日は団体客も来ていたそうだ。
こうして収穫した桜は、その日のうちにコンフィチュール用、塩漬け用、加工品用に選別し、手作業で1つずつきれいに洗ってから、砂糖と少量の水、レモンで煮て、真空パック詰めで冷凍保存する。これらの作業をノンストップで行うのだ。大変な作業ではあるが、保存まで終われば、後は必要な時に加工して商品にすることが出来る。年々需要が高まる中で、十分な量をストックするのは大変だが、今年もすでに多くの問い合わせがあるそうだ。たくさんの方々に梼原の桜が届くことを楽しみにしたい。






今後の展望
地域を元気にしたい、梼原の桜をたくさんの方に知ってほしいという思いで、試行錯誤を繰り返しながら、世界に誇れる商品を生み出してきた中越さん。一昨年前に法人化し、昨年には加工場を新設するなど、さらなる活動の発展に向けた地盤整備も行ってきた。今後は、さらに地域が盛り上がるような仕掛けを作っていきたいという。
「商談会等に参加するなかで、企業との取引を活発化させていくためには、やはり法人化する必要があると感じ、株式会社SAKURA clubを立ち上げ、より幅広く活動できるような体制づくりにも取り組んできました。なので、今後はSNSやメールマガジンを使って、より多くの人に情報を発信していくことにも力を入れていきたいです。実は去年加工場をオープンさせたのですが、その情報もまだ発信できていないんです。これまで川井集落の民宿で調理を行っていましたが、食品衛生法が改定され、 きちんとした施設を整備する必要があり、夫の勤め先やいろんな方々にご協力いただきながら、補助金なしで加工場を建てました。川井集落の入り口近くにあり、敷地内には八重桜も植えているので、ゆくゆくはここでイベントができたらなと考えています。また、今は事務所として使っているスペースは、後々にはカフェにしたいなと考えているんです。最初はテイクアウトから試験的に始めてみて、最終的にはイートインできるようにしていきたいです。この集落がもっと賑わうような、拠点となる場所にしていきたいと考えています。
また、今後は町が予算を付けてくれて、梼原町の北部のほうでも八重桜を植えてくれることになっています。今は南部の八重桜を使っていて、収穫時期が短いのが大変なのですが、北部だと開花時期が少しずれるので、効率的にたくさんの桜を収穫することができます。より梼原町の桜をたくさんの方に届けるとともに、町を代表する特産品として育てていけるよう、頑張っていきたいです。」






株式会社SAKURA clubさんの商品はオンラインショップで購入できる他、ふるさと納税の返礼品にもなっている。中越さんのこだわりと梼原への想いが詰まった商品。いつでも梼原の美しい桜を楽しむことができる。ぜひお手に取ってみてほしい。